月別アーカイブ: 2013年6月

ガラパゴス化

携帯電話に代表されるように、日本製の電化製品の多くは技術力の向上を命題にして進化してきた。
機能ばかり追求して、気がついたら世界の潮流と違う方向に向かっていた。
アイフォンの登場によって日本メーカーは一気に行き詰ってしまったのだ。
日本国内の携帯電話は「ガラパゴス化してしまった」とメディアが評論する。
あたかもそれが悪いかのように。
国際競争から取り残されると・・・。

ガラパゴス化することが、そんなに悪いことなのか?
ガラパゴス化したっていいじゃないか!!
これからはたとえ世界の流れに乗っていなくても、特徴のあるものが生き残ると思う。
日本にしかないもの。
長野県にしかないもの。
岡谷にしかないもの。
日岐光学にしかないもの。
そこにしかないもの。

NHKで国を挙げて外国人観光客を呼び込もうという番組をやっていた。
そこまでしてやる必要があるのだろうか?
逆に何もアピールせずに、昔のような神秘的なイメージの国になるのだっていい。
ネットが発達した現代では、謎めいたところを残している方がいい。

だって、ガラパゴスには行きたいもん。

41期

今日で41期が終わる。
今期は今までにない厳しい経営状況だった。
こうなることは以前から予測されていたこと。
対応の甘さを痛感させられた。

経費を最小限に。
利益を最大限に。
本当にこのような活動を実践させることができたのか。
厳格に確認・指導できたのか。
実務を担当する社員にそこまで啓蒙できたか。
会社全体に意識付けできたのか。

まだまだできることはあった。
自分自身がきちんと反省して来期を迎えよう。

モチ

もちが好きだ・・・。
いや、大好きです。

モチベーションが上がらない人がいるそうだ。

モチベーションなんて維持できるものなのか。
四六時中モチベーションの高い人なんているのか。
いるわけがない。
「モチベーションを上げましょう」なんて偉そうなことも言わないし、何かしようとも思わない。

モチベーションとは何なのか。

モチベーションというのは「内発的な動機づけ」のこと。
人にとやかく言われて出てくるものではない。
誰かに与えられるものでもない。

会社と社員の関係は恋愛に近い。
なんかのきっかけで「いいな」と思う。
少しずつ好きになる。(嫌いになる場合もあるけどね)
喜んだ顔を見たいとか、何か嬉しい気持ちになる。
自然とわき出てくる感情。
仕事ではお客さんが喜んでくれたり、今までできなかったことができるようになって、
「また、頑張ろう」と思う。
そういうのがモチベーションだ。

「わたしはあなたが好きです。こういうことを期待しています。だから、こうしてください」
なんて言いますか?
好きな相手に見返りなんて求めますか?

モチベーションが上がらない。
上がらなくて結構。
そのかわり、やるべきことをやってね。
「わたしはやる気がないんです。会社が何とかしてください」
と自ら言っているようなものだし。
横山ホットブラザーズみたいにノコギリで「おまえはアホか」と言いたい。
それで上司に何かできますか?会社が何かできますか?
その人の心の問題に踏み込むんですか?
それっておかしいと思う。

これは多くの場合ミスマッチから起こる現象。
やりたいこととやっていることのギャップが大きいということ。
これを解消するには自ら意識改革をするか環境を変えることだ。
自分の感情をもう一人の自分で見つめてみる。
いろんな角度から考察してみる。
自己の意識改革なんてやろうと思えばいつだってできるさ。
職を変えるということだって、別にネガティブな問題ではない。
せっかく一回きりの人生だ。
心地よいと思える環境に身を投げ出すのもいい。

たくさんモチを食べて、元気になろうじゃないか。

 

石ころ

歩いていれば、石ころがあちこちに転がっている。
普通の人は何の興味も示さず、ただ蹴飛ばして歩いていく。
経営者と呼ばれる人は、その石ころを拾ったりする。
長岡社長はあちこちで石ころを拾っては、さらに磨いてみたりする。
「この石、かなり変な形してるし・・・おもろい」なんて感じで。
たくさん拾った石の中にはダイヤの原石があるかもしれない。
石ころを拾うことをしなければ、そもそも何も得られない。
そんな話しを中島氏からされて、なるほどなと思った。

何でもないようなものを、いろんな角度から見たり触ったりする。
普通の人がつまらないと思うようなことを、面白いじゃないかと思ってみる。
意味がなさそうなことも、本当に意味がないのかあえてやってみる。

好奇心がスタート地点。
行動を起こさないと何も始まらない。
何も生み出せない。
自分らしさというものも築けない。

そんなことを思った。

play

「play」という言葉に興味をひかれている。
辞書にはたくさんの意味が載っている。
一番頭の中に浮かぶのは「遊ぶ」ということ。
その他に「(スポーツを)する」「(音楽を)奏でる。演奏する」「演ずる」などの意味がある。

これからの我々の生き方に必要なものではないかと思っている。
特に仕事について。

子供のころ、遊びに夢中になった。
みんなそんな経験があるはずだ。
日が暮れるまで遊んだ。
大人になったら「なんでこんなことに夢中になったのだろう」と振り返る。
ドングリを集めたり、石を集めたり。探検ごっこしたり。
とにかく楽しかったのだ。
そこには大人に押し付けられたルールなどは存在していなかった。

今の自分たちはどうなのだろう。
時間を忘れるほど夢中になれるものはあるだろうか。
「ただ、楽しい」という素朴な理由で取り組めるものはあるだろうか。
会社の中では「やらされている」人が多い。
私自身は仕事の中に「ただ、楽しい」と思えるものがある。
だから頑張れる。
厳密に言うと頑張ってはいない。
だって好きだから、楽しいから頑張る必要がない。
第三者から見るとかなり頑張っているように見えるだけ。
「やらされている」人には「やりたいことのできる環境に移ったほうがいい」と勧めたい。
自分自身が最高のパフォーマンスを発揮できる場所にいたほうがいいでしょう?

これからの日本は「遊び」という概念を見直した方がいい。
「楽しいからやる」「面白いからやる」
そういった純粋な子供のころの精神状態を仕事にも反映させた方がいい。

「遊び」という日本語にはネガティブイメージもあるから、「play」という言葉のもつ意味をもっと掘り下げてみたい。

SatisLohとTaylorhobson

二日にわたってSatisLohとTaylorhobsonのオペレーショントレーニングを受けた。
日本メーカーの研磨機や測定機は彼らほどの進化を遂げていない。
すごいなー。
satisloh
taylorhobson

レンズを作る装置でさえコンピュータでプログラミングして微細な加工をする。
職人仕事といわれていたものを機械がしてしまう。
人間のやっている複雑そうにみえる作業も、全て分解してプログラミングして機械にやらせる。
そういう時代なのだ。
以前、パソコンを使えないと・・・というようなことを書いた。
装置を扱うのもコンピュータ操作。
パソコンが使えなければ、付加価値を生み出すどころか操作だってできないじゃないか

機械で今までの職人仕事を行わせ、そこから先は人間の手によって超職人技で製品を修正する。
求められるレベルが昔とは違うことを認識しないといけない。
ボタンひとつでモノが作れるのであれば、日本でやる必要はない。
機械でできない、さらに上の仕事の精度が要求されているのだ。
私の意見に賛同できない人いるが、ちょっと先のことを考えたほうがいい。

機械は人間のプログラミングした指示に従って忠実に動く。
感情が介在しないから、良品も不良品も安定するし、仕様通りの仕事をこなす。
一般的な経営者であれば、「機械の方がいいな・・・活用しよう」と考えるもの。

我社は超ローテクで行くことに決めた。
人間が機械以上の業務をこなす。
人件費の安い国の人よりも仕事をする。
そもそも機械や人件費に左右されない分野に行く。
そうすることにしたのだ。
でも、便利なツールは最大限に利用することが前提。
であれば・・・。
社員の仕事に対する目的・目標が会社のそれと一致している必要がある。
そこはもう譲れないのだ。

ドイツ人にいろいろと教わった。
今回は2日だったが、外国人との仕事は何故か楽しい。
精神的な余裕が感じられ、ジョークを交えた説明に心がなごむ。

いつか自社製品を自信を持ってお客さんに手渡したいと思った。

オペトレの後、小林さんの家に行く。
庭を見たかったのだ。
立派な石の庭。
眺めているだけで、心が落ち着いた。
kobayashi