月別アーカイブ: 2013年8月

個の時代に

「これからは個の時代」
どうも理解していない人がいる。
一人の発想や作品が世の中を大きく動かす可能性が高まっているのだ。
今までは大きな組織に属することで体制派として世の中の中心にいられた。(気がしていただけ)
「寄らば大樹の陰」という言葉があるように。
でも、今は違う。
個人で勝負できる時代なのだ。
個人や小企業が大きな会社や組織相手に競争だってできる。
「資金力が・・・」と思うかもしれない。
確かにそれはある。
でも、お金が意味をもたない世界ではどうなんだ?
日本には迫っているじゃないか。
根本の「生きる力」が試される。

アーティストにとっては最高の環境。
独自性を追及したりマニアックな世界に生きている人は組織の中にいたのでは埋もれてしまう。
「生活のため・・・」といってやりたくないことに時間を割き、お金を稼ぐ。
生活は安定しているだろうが、心は安定しない。
そんな葛藤の中で生きている人は多いに違いない。
大きな組織であること、また、そのような大きな組織に属すること自体が足かせになる。

いいぞ。

これだけモノや情報があふれる時代には独りで勝負するほうがいい。

ひらめきや感覚が重視される世の中に。
「感じるままに感じる。感じるままに表現する」
それを形にできたなら、それは言語の壁さえも乗り越えられる。

「みんなと一緒がいい・・」
「大きな会社にいたほうが安心・・」
こんな考えは捨てる。

どんな世の中になっても生き抜くぜ。

独りまたは小組織で世の中を「あっ!」と言わせてみようじゃないか。

お盆もおしまい

お盆のお休みが終わる。
家で過ごした。
昼も夜も涼しいから快適。
薪小屋をつくり、草刈り、草木の手入れ・・・。
やることが多くて大変だったが、充実感がある。
肉体労働が天職だ。
普通の人より頑張れてしまう。
自分でセーブできないから、数日後には体調を崩す。
このへんの切り替えをできないと仕事としてはうまくいかない。
歳をとるごとに体も無理が利かなくなるだろう。
今のうちに体を酷使して、やりたいことやって、作りたいもの作って、逝くのだ。

夏の花② 虫

ニラの花が咲く。
山野草のような落ち着いた花。
nira
ニラ

花束には欠かせないキミ。
でも、主役にはならない。
いつも脇役。
そんなあなたが好きです。
kasumiso
かすみ草

去年は少なかったアシナガバチがたくさん戻ってきた。
futamonashinagabachi
フタモンアシナガバチ

家に舞い込んできた珍客。
昆虫には結構詳しかったのに、初めて会った。
1センチくらいのかわいいやつ。
muneakasenchikogane
ムネアカセンチコガネ

眼を覚ませ

我社の最年長者の社員が70歳を迎えられた。
長年の功績に感謝したい。

学校を出て当時の初任給が8500円だったそうだ。
当時としては良い方だったとか。
自分は1,100ドルだった。
当時のレートが今と同じくらいだったから、10万円ちょっとか。
あの頃は初任給が大卒で18万円位だったかな。

「だれでもどこでも同じようなものが作れる時代になったから、製造業は厳しい。生活のレベルを上げないようにしないと・・・」という話をされた。
全くその通りだ。
今となっては違いやその価値を生み出すのは大変な努力がいる。
モノ自体だけじゃない。
それを作る人本人にも違いやその価値を生み出す努力がより一層求められるのだ。
そこに参戦しない人は現状維持さえできない。

ただ会社に行けば仕事があって、時間がきたら帰って、定年まで働ける。
こんな思考の人は生活が成り立たなくなるだろう。
いや、既に成り立たなくなっている。
企業はそういう人を求めていない。
少なくとも我社は必要としていない。

眼を覚ませ。
自分の心に問いかけろ。
本当に今のままでいいのか?
これからも。

やはり

Facebookで「いいね」がお金でやり取りされていることがわかったそうだ。
やはりと思った。
中国やバングラディシュなどの組織で何百人(何千人)というオペレータ(?)がお金が支払われたサイトの「いいね」を一日中クリックしているのだそうだ。
作業者によっては1000以上のアカウントをもち、とにかくクリックしまくる仕事。
人差し指を鍛えたい人にとってはいい仕事だ。

企業や世の中に影響を及ぼしたい人はたくさんの「いいね」を集めたい。
それをお金で買う。
そして、企業イメージのアップや政治的活動に利用する。

人々は「いいね」が多いサイトに影響を受ける。
みんなが「いい」と言っているから「いい」に違いないと。
日本人は特にこのようなやり方に弱い。
小さいころから「和」や「協調性」「調和」ということばかり教育されている。
人と違うことをやることを認めない文化が存在する。

世論なんて当てにならない。
みんなが言う「常識」って、本当に常識なのか?

何度も言っているけれど、これからは個の時代。
情報があふれる世の中。
自分で考え、判断して生きていく。
そういう力が必要だし試される。

便利な世の中にはなったけれど、そのぶん情報を悪用するやり方が高度になっている。
よーく考えなくてはダメよ。

もう秋

気がつけば、暦の上では立秋。
まだまだ残暑厳しい時節ではあるが、秋の気配が感じられる。
朝夕の虫の声、風の音がもう秋。

高速道路が混んでいた。
夏休みの人が多いのか。
サービスエリアも賑わっている。
そんなに景気がいいはずがない。
最悪の赤字だった企業が、最高益を計上したなどのニュースが経済面に出ている。
為替の影響でそんな状態なんだから、何が実態なのかわからない。
モノの価値が曖昧になっている。
世の中が全て均一化への道に向かっている。
ということは、普通に考えれば日本は下がっていくことを意味する。
どこでも、だれでも同じようなものが作れてしまう。
こわい世の中になってしまった。

個がしっかりとしていないと生きていけない。

ヒロシマ

広島に原爆が投下された日。
修学旅行で行った。
「本当にここが焼け野原にだったのか?」と思うような綺麗な街並み。

事実上戦争は終わっていたはずなのに、こんなことになってしまった。
「戦争を終わらせるために必要なプロセスだった。」と説かれても、何かしっくりこない。

「失敗の本質」という本を読んで納得してしまう部分が多かった。

アメリカの高校で丁度アメリカ史が必修科目で履修した。
太平洋戦争に関する授業はとても嫌だった。
あの頃はまだ8ミリ映写機だったのだが、映像を観せられて落ち込んだ。
それぞれの国の立場で全く見解が違ってしまうのだ。

歴史問題について、どうやったら理解しあえるのか。
何世代も前のことについて責められても何も言えない。
これからお互いに仲良くやっていくためにはどうしたらいいのか。
未来志向で誠実に向かい合うしか方法はないだろう。

依存症

インターネット依存症の中高生が増えているとニュースで聞いた。
「依存症」
渇望。
抑えがたい欲求。
中毒。
同じような表現はあるけど、人間だから仕方ないんじゃないか。

読書依存症とか勉強依存症なんて聞かないなー。
こういうものだってきっと存在するはず。

自分は何に依存しているだろう。
もち?団子?ケーキ?アイスクリーム?
んー。
くだらんなー。
大好きだし一般の人より食べるけど・・・・、依存するほどでもない。
インターネットは便利だけど、無くても平気だし。
休日はメールも見ないし。
携帯電話なんてなくてもいいし。

依存しないようにすることに依存する。

何だかわけがわからなくなってきた。

自分たちの意思に関わらず、体も世の中も偏らないようにバランスをとる。
異常とも思える気象状況だって、地球がもがいているからではないのか。
自民党が圧勝しても、反対に共産党が台頭する。
何かに偏った方向に行けば、体も世の中も修正するように作用する。
依存症だなんて、そんなに心配することでもない。