月別アーカイブ: 2014年9月

よくわからない地方創生

地方創生?
大臣のスポットまで作って、いったい何を考えているのだ。
高齢者が増えて、人口が減って、若者は親のすねかじりで生活し、ものづくりができなくなって、どうやって地方を活性化するのだ。
痴呆創生か?
そんなこと国が取り組まなくていいです。
どうせお金をばら撒いておしまいでしょう。
そのお金はどこから出すのですか?

社会の構造を変えないとどうにもならない。
問題の一つひとつを解決しようと思っても、全て繋がっているのだからうまくいかない。
モグラたたき状態なのだ。
ここまで来ると破綻するしかないのか。

やはり地域間競争を促すしかないのではないか。
そのためには中央に集中した権限を委譲しなければならない。

一度つかんだ権限はみんな放したくないから行き詰ってしまっている。
これを変革するためには、有権者が立ちあがるしかない。
しがらみを断ち切れるリーダーを選ばないと。

やっと認知されつつあります

朝から山梨県桂高校との合同練習。
岡工は先週までは県外に遠征していたので、久しぶりにみんなと練習。
少しずつではあるが皆さんに認知されつつあり、コーチの皆さんからも「毎週来て下さい」と言われるようになった。
嬉しいことである。

教えるというのは難しい。
あなたの周りにもいませんか?
教え魔が。
あーでもない、こーでもないと。
結局何を教わったのか分からなくなったことがありませんか?

カギとなるのは「なるほど・・」なのです。
本人が教えてほしいと思っている。
できるようになりたい、なぜできないんだ?と自分なりに考えている。
そのタイミングを見計らって、ちょっとしたヒントを与える。
それだけでいいのです。
答えを示すのは教えることではないのです。
本人の気づき、学ぶプロセスが次へのステップへつながる。

高校生は純粋でいい。
ひたすら上を目指している。
目が輝いている。
いい子すぎるところが玉に瑕。

ただ漫然と言われたことだけしかやらない人に出会うと踏みつけたくなる。
その場さえしのげればいいと思って手を打たない人に出会うとタックルしたくなる。
あ、いかん。
非日常を楽しむのはラグビーだけにしとかんと。

朝日新聞の誤報問題

朝日新聞の誤報問題がさまざまな場所で取り上げられている。
時代は大きな転換期である。
ネットが発達し、リアルタイムの情報が一般の人々からも発信されるようになった。
以前は言葉だけだったものが、写真や動画でも発信されている。
新聞やニュース番組のあり方が変わる。
変わらざるを得ない。
記者がわざわざ取材する必要性が薄れており、記者やカメラマン達にしても現場まで足を運ぶモチベーションが上がらないだろう。
だって、事故や事件が起きれば、その場に居合わせた一般人がスマホで撮影してネットに流すのだから。
情報が氾濫しており、記者はコピペして取材したように装うことが簡単にできる。

事実を伝える。
真実を突き止める。
こうした本来の役目が果たせず、迷走することになる。

このような世の中になると情報を受け取る側がどれだけ賢く判断し、見極めるかが重要になる。
だから、個の時代なのだ。
錯綜する情報に惑わされることなく、自分で判断する。
人のせいにしたところで過去は取り戻すことができない。
誤報だ何だといって、「謝れ!」と怒っても解決していかない。

読者が賢くなりましょう。
事実と意見を見極めましょう。
「これは事実ではないかもしれない・・・」といつも感覚を研ぎ澄ましましょう。
そうすると、事実に対して自分の意見も持てるようになっていく。
余計な情報は受け取らないという選択肢も持ちましょう。
ただ、無関心というのはいけませんけどね。

「みんな一緒」的考えが多い日本人には一番難しい情勢である。

Norman Rockwell

久しぶりにNorman Rockwellの画集を見た。
和む。
ボストンから西に車で5時間ほどのところにStockbridgeという小さな町がある。
そこにNorman Rockwell Museumがある。
Norman Rockwellは日本人にとても人気があり、その美術館では日本語が驚くほど飛び交っていた。
彼の絵が好きな方はぜひ訪れてほしい場所である。
アメリカの古い町並みが残っていて、時間の流れがゆっくりなとてもいいところだ。

traffic conditions
Norman Rockwell  “traffic conditions”

テレビは必要か

テレビなし生活が1カ月を迎える。
壊れたわけではない。
今の家に越した時にも2カ月くらいテレビがなかった。
なければないで田舎らしい生活ができる。

情報過多である。
今はネットでテレビよりも早く情報をキャッチできる。
知らなくていいことも入ってくる。
自分にはキャパがある。(と、思っている)
可能性は無限だけど、だからといって「できないことはない。」と言い切るのは精神的に追い詰めすぎである。
記憶力はかなりいい部類に入るのではないかと思うのだが、限界がきている。
覚えることが増えると忘れることも増える。
忘れてはいけないことも忘れるようになった。
これは年齢だけのせいではなさそうだ。
ラグビーで頭をぶつけすぎというのも一因であろう。
だが、変化に対応するために覚えることが増えている。
しかも、とめどなく情報が入ってくる。
その選別・処理能力が追い付かない。

テレビがなくなって心地いい。
家に帰ると静かで、時間が過ぎるのが早い。
仕事は当然のこと、いろんなことを考える。
今までどれだけ雑音が多かったことか。

しばらくはこんな生活をしよう。

独自展開してください

この秋に予定されていたプーチン大統領の来日が延期になるそうだ。
ウクライナ情勢に対してアメリカの要請に応じたという。

何でいつも縛られるのだろう。
こういう状況だからこそ、独自の外交を展開すればいいのに。
極東の島国とロシアの関係がどうなろうと今の世界の情勢からいったら大したことじゃない。
北方領土が返還されたところで欧米諸国は関心がない。
日本にとってもウクライナの問題は口をはさむような類ではないはず。

オバマ大統領の日本への対応を考えると、独自展開をするチャンスだ。
しらばっくれてどんどんやればいいのだ。

残念

スコットランドの独立は否決された。
小国が存在感が増す今日において、大いに注目していたのだが残念な結果であった。
国土、人口においてもスコットランドは英国の一部であり小さい。
そんな国がどうやっていくのか見てみたかった。
日本という小国が今後生きていく上で参考になると思った。

成熟した世の中において、未来に対する不安は”現状維持”へと心理的に向かってしまう。
多くの場合、環境は常に変化しているので現状維持をしようとしても維持できない。
動かないという選択肢もあるが、動いたうえで学びたい。
誰にも予測ができない今の世の中。
だから、やりたいようにやり、生きたいように生きよう。

リーダー

物事がうまくいっている時にリーダーは必要ない。
リーダーシップを発揮する場面がそもそも少ないのだ。
結構多くの人が大きな掛け声をかけるのがリーダーだと思っている。
うまくいっている時に”いけいけどんどん”的なふるまいをする人をリーダーと勘違いするし、成功体験は記憶に残るから、その時に上に立っていた人に対して強い印象が植えつけられているともいえる。

リーダーになったことがある人はわかっている。
物事がうまくいかいないとき、つまり、ピンチの時にリーダーシップが必要であることを。
目的を明確にし、具体的な方策を示す。
そして、実行する。
実行させる。
それができない人は、上に立ってはいけない。

人はそれぞれ考え方が違う。
目的さえ共有できれば、束ねる作業というのはそんなに大変なことではない。
だって、みんな同じ方向を向いているから。
うまく束ねられないのは、帰属する組織の方向性と個人の考えが一致していないからだ。
組織の存在意義とか方向性を理解し、自分の考えと照らし合わせて重ならない部分が多ければ、そこにいない方がいい。
その組織にとっても迷惑だし、本人にとっても苦痛である。
逆に重なる部分が多ければ、目的地はみんな同じなので方法論が違うだけの話しだ。

リーダーシップと同時にフォロワーシップも重要。
リーダーの考えを理解し、フォロワーとして全体最適化の行動をどう取るのか。
フォロワーとして何をするのか。
考えて行動する思考も必要とされている。

調査捕鯨

国際捕鯨委員会が開幕し、日本が批判にさらされている。

当然と言えば当然である。
「日本の食文化を・・・」
「あくまでも調査であり・・・」
「批判している国だって昔は捕っていたじゃないか・・・」
いろいろと反論を展開してきたが、無理がある。
アイスランドのようにIWCから脱退し、捕鯨を維持している国はある。
だが、自国の近海で捕獲している。
日本のようにわざわざ遠洋まで出て行っていない。
我が国の調査捕鯨の「調査」は形式的なものであり、捕えたクジラを市場に流し、その収益で成り立っている。
論理が破綻している。
日本はアイスランドと同じように「伝統的な食文化を守りたい。日本近海のクジラやイルカだけは捕らせてくれ。」と言う方が理解を得られるのではないか。

「クジラを捕まえないと魚が枯渇する」という人もいる。
日本食が世界に広まり、寿司がどこに行っても食べられるようになった。
クジラどうのこうのより、人間が魚を食べつくすじゃないか。

資源は有限である。
命も限りがある。
だから、考えなくてはならない。

豊かな生活を送りたいという欲。
いつまでも経済成長しなくてはならない。
人間の欲求を満たすものが善となり、それを妨げるものは悪となる。
人類はいつかしっぺ返しを食らう時が来る。