月別アーカイブ: 2014年10月

描くストーリー

アベノミクスのメッキが剥がれ始め、爽やかな秋空との対比が面白い。
当然うまくいって、日本が再生していけばそれに越したことはないのだが。
ただムードを作っただけでは長続きしないのだ。

例え遠回りでも、苦しい道のりでも、将来の発展のために選ぶべき道がある。
目先のことに捉われず、長編小説のストーリーを描こう。
途中では思いもよらない困難が待ち受ける。
孤独にさいなまれることだってあるだろう。
でも、それを乗り越えて最後はハッピーエンドだ。
そして、また新しい小説を書こう。

自主性を強制しちゃう

スポーツにおいて心理的限界は肉体的限界の60%位に現れると言われている。
トップアスリートはそもそもの肉体的限界値が高いことに加え、その限界に近いところまで自分を追い込める。
それに技術が伴っているからトップなのだ。
スポーツをそれなりに経験したことのある人ならわかるだろう。
一流との境を。
超えることのできない壁。
でも、悲観的になる必要はない。
二流なら二流らしく生きればいい。
三流なら三流らしく生きればいい。
輝ける二流だっていいじゃないか。
「あいつらもやるなー」といわれる三流だっていいじゃないか。

いま、「辛いな・・・」と思っていること。
そんなのは限界点からしたら半分そこそこでっせ。
自分の能力と照らし合わせて、目指すところをよく考えるのだ。
最高のパフォーマンスを発揮できそうな場所に行こう。

自分らしさって何なのか。
自分のスタイルってどういうものなのか。
それを追求していくことが大事な気がしている。

やることなすことを強制する。
自分の世代はそんなのが当たり前だった。
巨人の星やスポーツ根性ドラマが流行った時代である。
しかし、そんな時代は去った。
強制すること自体が教育や仕事の場でハラスメント扱いされるようになっているじゃないか。

こうなると、自ら努力できる人とできない人では大きな差が生まれるようになる。
まさに自由人の時代が到来。
マニアックな人、こだわりのある人が笑うことになる。
いいよね。

我社は自主性を強制しちゃいます!

今日は・・・今日脳みそに酸素が・・・。
何となく支離滅裂。

TEDxSapporo 植松電機 植松社長
いいよね。

自分はいつか本場のTEDに出演するつもりです。
長岡社長の通訳をしながら漫談プレゼンをするのです。

10月29日

急激に冷え込んできた。
車にも霜が降りている。
昨日は福島からの帰り道で、高速道路から田んぼに白い米粒をたくさん見た。
白鳥である。
何千キロも旅してきたのかと思うと、「お疲れさん・・・・。」と言いたくなった。
なでなでしたい。
すりすりしたい。

本当の自分

苦しい時、辛い時に本当の自分に出会える。

何が自分の支えになっているかというと、
「やりぬいたじゃないか。」
「逃げずに立ち向かったじゃないか。」
そんな過去における事実である。

だから、最後まで頑張れる。
踏ん張れる。
そして、自分の歴史を作り、自信を積み上げる。

逃げてしまうのがいい場合はある。
でも、逃げてはいけない場面も同じくらいある。
その判断は自分がする。
自分が「このほうがいい」と判断したら思いっきりやろう。
ラグビーなどの格闘技系は顕著だが、迷ったら最後、命取りになる。
怪我の大きな原因ともなる。

なぜ、苦しいことに自ら取り組むのか。

自分と向き合うためである。

酸素を・・・

それなりに走っていたせいか、普通の朝を迎える。
ラグビーの試合の翌日のように体がきしむこともない。
普段からのトレーニングは歳を重ねるにつれ必要ということだ。

ただ、相変わらず脳みそには酸素がいっていないようだ。
家を出たはいいが、携帯電話を忘れる。
今度は財布を忘れる。
結局、30分も損してしまった。

がんばれ!ヘモグロビン!

だから、来年も

秋晴れの中、第26回諏訪湖ハーフマラソンが開催された。
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井ケ倉さんと

無事に完走。
ネットタイムでは1時間46分55秒。
目標の1時間30分台には及ばなかったけど、成せばなるものだ。

今回は知り合いには誰にも会わない一人旅。
唯一、維新塾の中島さんには会えた。
さすが、お祭りには欠かせない存在ですね。
お声かけありがとうございました。

走っている時は「もうやめよう、もうやめよう・・・」と思うのだが、走り終えると何とも言えない達成感。
リンゴをもらって食べる。
なぜかうまい。
リンゴはそんなに好きじゃないんです。
できれば梨にしてもらいたい。
でも、のどが渇いているせいか、やたらとうまいのです。
リンゴ農家さん、ありがとうございます。

誰のためになるわけでもない。
収入が得られるわけでもない。
栄養ドリンクとタオルとリンゴがもらえます。
だから、来年もがんばってみようと思います。

 

国、国家

ノーベル物理学賞の中村氏が日本人かアメリカ人かで論議になっているそうだ。

別にどっちだっていいじゃない。

自分の好きな国が自分の国だ。
当然、国籍は付きまとうものだし、それによって払う税金もパスポートも異なる。
世の中のシステムからしたら大きな問題かもしれない。
自分は大きい問題だとは思わない。

「俺が愛したほど、国は俺たちを愛してはくれなかった・・。」なんて台詞の映画もあった。

国には税金を払う。
国民はその見返りを求める。
国と国民とは取引関係になる。
でも、あまり期待しちゃいけない。
国は積極的に税金を徴収するが、過払いしたって積極的に戻してはくれない。
面倒くさい申請や手続きを必要とする。
国に頼りすぎてはいけない。

国家とは何なのか。
混沌としたこの時代には改めて考え直す必要がある。

好きな場所で好きなように暮らせばいい。
国は何にもしてくれないさ。
いや、してくれなくて結構でございます。

また”世捨て人”的な発言をしてしまった。

ゴールに到達するためには乗り越えなくてはならない壁や障害がある。
ひとつや二つではない。
あらかじめそのようなストーリーを想定していれば、「あった、あった・・・」と果敢に挑む。
そうやって困難を乗り越えるから達成感が味わえるし、「また、やろう!」と思える。

その壁や障害というのは、よくよく考えてみると自分で作り出していることが多い。
組織の中で目標を達成しようとすると、多くの人の協力や支持を得なくてはならない。
何が邪魔するかというと、変なプライドや関わる相手に対する嫉妬、悪く思われたくないという感情。

”心理的な壁”である。

その壁は自分で作っている。
相手が作っているわけではない。
毎日毎日、レンガを積み上げていく人もいる。
自分を守ろうとするその壁。
なぜ、自分を守るのか。
なぜ、ブレーキをかけるのか。

目指す方向が違うからなのではないか。
だって、ゴールに至る道のりは自由に与えられている。
自分で試行錯誤して目的地に向かわなくてはならない。

苦しいけど、それが楽しいと思える。
そうなったらいいよね。

自分で作り上げた壁。
壊せるかな。