日別アーカイブ: 2015年3月3日

Mar. 3

ラジオを聴いていたら、新卒の就職活動について特集していた。
解禁日を早くしたり遅くしたり。
決まりを作ること自体バカバカしいし、いつまでそんなことをしているのだろう。
世の中の変化にさえ鈍感になっている日本人。

集団での就職活動。
右肩上がりで、大量生産大量消費で、マンパワーが必要な時代。
そういうときにしか通用しない手法ではないのだろうか。
成熟した今の世の中では柔軟で前例にとらわれない発想が重要になる。
ロボットの技術が進み、これで人工知能が世の中に出てきたら、あなたの仕事はなくなる危機にあるんです。
だれにでもできる仕事というのは機械に置き換えられていってしまうのです。

一人で20社30社と受けるのが当たり前なのだそうだ。
自分にはできないし、したいとも思わない。
若いころは「何ができるか」「何をしたいか」が明確でないから手当たり次第になるのはわかる。
でもね。
まずは何か一つでもいいから死ぬほど取り組んでみた方がいい。
そういう経験をしないと何も見えない。
そこまでやらないから自分探しで彷徨い始めてしまうのだ。

世の中に出てはじめて仕事をした時、めちゃくちゃ忙しかった。
鬱になる暇さえなかった。
海外だから簡単に辞めることさえできないし、帰ることもできない。
自分の場合は海外で仕事ができる喜びを感じていたので、日本に帰りたいとも思わなかったけど。
仕事が死ぬほど忙しいのに、ラグビーも続けた。
今思うと、そんな生活は恐ろしくて二度とできない。
無理。
若いから可能だったのだと思う。

必死になって取り組んだから「本当は自分は何をしたいのか」「何ができるのか」のヒントを得ることができた。
それがあったから自分の生き方のスタイルや自分らしさについて知ることができたのです。

大学全入時代に突入し、どうしようもない学生が増えているそうだ。
中学生が習うようなレベルで講義をスタートする大学もあるという。
高校を出るまではろくに勉強もしないのに、それからの人生は勉強熱心になる海外の人たちを見たらカルチャーショックだろうな。
大人になるまでには遊びがとても大事だ。
日本人は素晴らしいと思うけど、海外の人たちの方が人生を楽しんでいるように見える。
仕事の中にも遊びの要素があるし、人生そのものが遊びのようにとらえる人も多い。
人格が確立してしまった今となっては「遊ぼう」と言っても遊べない。
羽目を外すことが遊びだと勘違いしてしまう。

人生は自分が書く小説であり、苦労はするけどハッピーエンドになることを頭に描いてみよう。
そうしたら少しは気が楽になる。