月別アーカイブ: 2015年7月

July 31

暑中お見舞い申し上げます。

ナツオは暑くても平気。
熱中症って何ですか?
昼間だって走っちゃいます。
汗をたくさんかきます。
気持いいです。
長野の夏は暑くても気持ちいい。

多くの人は贅沢な環境に慣れてしまって、我慢が出来なくなってしまっている。
与えられた環境の中で最高のパフォーマンスを上げる意識が欠けてしまう。
人間とは弱い動物だ。
仕事を与えられないと居眠りもする。
仕事というのは自ら作り出すものだ。
周りを見渡せば、やることなんてたくさんある。
でもやらない。
気がつかない。
気がつかないふりをする。
そんな意識の人間はどこに行ってもやらない。
お金が目当てならば、マニュアル通りの仕事を与えてくれる所に行けばいいのよ。

会社が何かを与えてくれると思っている人は勘違いしている。
成長できるかどうかは、会社から仕事を与えられるからということではなく、自ら挑戦できるかどうかで決まる。
会社があなたを成長させてくれるわけではない。

なぜ、こんなに暑い中走るかって?
それは、自分に対して問いかけをしているのさ。
「どんな過酷な条件にもお前は耐えられるのか?」
「辛いと思ったときにお前はどうするのだ?」
「みんながやらないことにもあえて挑戦できるか?」
傍から見たら本当にアホ。
でも、アホならアホらしく一生懸命自分と戦うのさ。

今日は月末。
びんようき
ん。きんようび。
何とかここまで来ました。

July 30

高校野球の埼玉県予選でバットをヌンチャクのように振り回す選手のパフォーマンスが話題となり、高野連が試合の遅延行為に当たるとして後日注意をしたそうだ。
埼玉県では選手のガッツポーズも自粛するよう求められているという。

ネットで話題になっていたので、自分も動画を見た。
え?遅延行為に当たるのか?
見ていて面白いし、こういう選手がいてもいいんじゃないか。
観客もみんな喜んでいる。
相手のチームを侮辱するような行為でもあるまいし、おかしな大人たちが多いものだ。

スポーツと教育を切り離せない人がいる。
古い世代の人は特にそうだ。
Sportsというのはラテン語の「desportare」からフランス語「desport」の「楽しむ」というのが語源となっている。
日本古来の剣道や柔道などの「修練」的な意味合いは持たない。
スポーツは教育的な価値はあるけれど、教育そのものではない。
そのような考えがベースになっている。
「楽しむもの」「遊ぶもの」なのだ。
ところが、日本では輸入されたスポーツを「教育の一環」ととらえる方向に活用してしまった。

教える側と教わる側の上下関係が形成される。
自分の体験した海外の教育やスポーツでは日本のような上下関係は存在しなかった。
監督やコーチと選手は対等。
道具の準備や片づけは監督もコーチも率先して行う。
むしろそれは彼らの仕事。
対等だからお互いの名前もファーストネームで呼び合う。
じゃ、敬意を払っていないかっていったらそうじゃない。
きちんと相手の考えを尊重する文化が根付いている。
最終責任者の方針は貫かれるが、選手には意見を言う場面が許されている。
「楽しいからやる」「楽しむためにやる」という雰囲気なので、どんなに練習がきつくても楽しい。

サッカーは欧米のクラブチームをモデルに発展している。
傍から見ていてもサッカーは野球に比べて自由度が高い。
日本の野球も変化点なのではないか。
このままいったら野球は衰退してもおかしくない。

July 28

予想外の反響! 着るだけでマッチョに見える“秘密のインナー”誕生秘話

いい。
あまりのくだらなさがいい。

人生の中で出会う人は何人くらいだろう。
ただ単にすれ違って焦点を合わせる人は何人くらいだろう。
99.999%の人とは何事もなく通り過ぎてゆく。
そう考えたら、少しでもよく見られたいという欲求を理解できなくもない。

いつか本当の自分を知られたとき、相手も自分もどう思うのだろうか。

お化粧したり、お洒落をするのと大して変わりがない気もするのだが・・・。
人間とは面白い動物だ。

July 27

上田昭夫氏が亡くなった。
ラグビー好きの人でなくても知っている人は多いだろう。
日本代表であり、指導者としても慶応大学を日本一に導き、その後はフジテレビでニュースキャスターを務めるなど、多種多様なな面で活躍された。

過去、何冊か著作を読んだ。
「大きな(権)力に立ち向かう」
「知恵を絞って先手を打つ」
そんな姿勢に共感を覚えたものだ。

ご自身が身長160cmと小柄だったこともあり、常に大きな相手に勝つにはどうしたらいいかと考えることが人生そのものだったのかもしれない。
人生のそれぞれのステージで結果を出してきたのだからすごい。
ご冥福をお祈りいたします。

うまくいかないことだらけだ。
だからといって、諦めていいのだろうか。
どうやったらもっとうまくいくだろう。
どうやったらもっと面白くなるだろう。
常に考え実行しよう。

July 22

星野リゾートが観光業界で話題を呼んでいる。
経営手法が今までのやり方とは違って斬新で面白いし、社員の採用も他社とは一味違う。
最近では「喫煙者の採用はしない」と公表し、議論を呼んでいる。

ブラックだなんだとか、ちょっとでも出すぎた杭を打とうとする風潮。
最近の日本はおかしい。
星野リゾートもそのうち叩かれるかもしれない。
現状を打破しようとして新しい取り組みをして結果を出せば、はじめは絶賛する。
そのうち、頑張りを強要されたと内部から声が上がれば、完膚なきまでに叩きのめす。

このような雰囲気は危険だと思っている。
とんでもないリーダーが出現したときには一気にナショナリズムが増長して戦争に走り出すかもしれない。
安保法案がどうのと騒いでいるが、騒いでいる人だってどうなるかわからないと思う。

今の日本はあまりよろしくないなと独り思う。
「みんな一緒」という教育は「みんなで盛り上がる」といういい側面はあるが、悪い方向に盛り上がてしまうこともある。
「みんなで寄ってたかっていじめる」というところにもつながっているように思う。

 

July 21

東芝の不正会計問題。
大きな会社は大変である。
考え方の違う人が何百何千何万と集まっているのだ。
大きな会社になればなるほど経営者のカリスマ性というのが非常に重要になっている。
本来はそこに依存しないようにしなくてはいけない。
会社の理念や方針が社員を一致団結させる接着剤になっていないと。
大きな組織は派閥ができたり、仕事に興味のない人たちがたくさんいたり大変だなー。

きっと経営陣の中での内紛があるのだろう。
前任者との確執があったり、お互いに蹴落としあったり、過度の競争で数字を粉飾しあう状況だったのではないだろうか。

あー嫌だ、嫌だ。
小さい組織の方がいい。
やりたいこともできるし、自分でレール敷けるし。
単なる部品の一個としてしか仕事ができないとつまらない。

July 12

国立競技場の建設費が大きな問題となっている。
みんなお金に群がっている。

東日本大震災の復興予算が国立競技場の補修費に当てられて問題になったのに、もう取り壊された。
いったいなんだったのだろう。
今回の競技場の建設費は過去最大レベルというにはかけ離れたほど莫大。
政府も官僚も自分のお金じゃないからこんなことになる。
作ったらおしまいじゃない。
維持管理費というのがのしかかってくる。
高いものを作れば高い代償を払うのは世の中の常。
それを誰が払うのか。
税金で食べている人たちはひとごとなのだ。
過去の慣習も見直さない。
必要のなくなったものを切らない。
「みんなで共有しましょう」なんて日本人が頷きやすい言葉でごまかしている。
THE ENDは近づいているのに。

ギリシャがいま揉めている。
アテネ五輪はなんだったのか。
新国立競技場はどうなる?アテネ・オリンピックが遺した廃墟たち

そのときだけ盛り上がればいいという問題じゃないのだ。

 

July 11

岩手の中学生が自殺し、いじめが要因の一つであるとの見解が示された。

いじめはどこにでもある。
学校に限ったことではない。
子供たちの世界だけでもない。
我々大人の世界にだってある。
会社にだってある。

我社にだってあるかもしれない・・・。
言われないとやらない。
やれと言われたらやる。
これは上司に対するいじめじゃー!
いじめになんかにめげず、がんばろう!

そんなことはどうでもいいのだが。
今回の件について、改めて思うことがある。
加害者と被害者ばかりがクローズアップされて、何だかしっくりこない。
親はいったい何をしていたのだ?
子供があんなに悩んでいたのに・・・。
気がつかないなんてありえないでしょう。
学校に行かないという選択肢だってあるじゃないか。
こんなに情報があふれ、学校の勉強する内容なんかはちっぽけなSDカードに全て収まってしまう時代。
本人次第で世界といくらでもつながることはできるし、勉強だってできる。
仕事だってできるぞ。
学校に通うという行為そのものを見直したっていいじゃないか。
昔作られた法律や慣習に縛られていたら、新しい未来が開けないでしょう。
親は学校や生徒たちの責任を問いたいのだろうが、親としての責任はどうなんだ?
人間は最後は独りぼっちだ。
でも、理解してくれる人がいるから頑張れるんじゃないか。
友達や先生がダメでも、親くらいは味方してくれるもんじゃないのか。

「いじめから逃げてはいけない」という教え方はあるだろう。
正当な意見として承ろう。
自分みたいな人間は、まあその考えを当てはめられても大丈夫かもしれない。
でもね、誰かしら心の支えになってくれる人がいないと耐えられないもんです。
一生懸命自己暗示をかけたりして、何とか奮い立たせることはしばしば。

親が子供の最後の支えになってくれなきゃ辛いよね。
行き場がないじゃない。
耐えるのも必要な時があるけど、逃げなきゃいけない時だってある。
まだ、中学生じゃないか。
学校なんて行かなくたっていい。
そのうち、今の学校という概念が崩れさる時が来るから。
不登校なんて言葉も死語になるから。
独りのときでも心の支えになる何かがあるといい。
それはいつも自分で探していないとね。

いじめはなくならない。
だから、どうやって気持ちの折り合いつけるのかを考える。
人生のある一時期、避難したっていいんだ。
いつかは正面から向き合わなくてはならないときが来る。
それは誰にもわからない。
自分で決めるのだ。