月別アーカイブ: 2016年12月

2016年 大晦日

今日が本当の仕事納め。

無事に配達完了。
終わった後は諏訪湖で走り納め。
釜口水門では釣り人たちがワカサギがたくさん釣っておりました。

帰り道にラジオを聴いておりましたら、福山君がベンチプレスの話しをしておりまして。
今年は100kgを3回上げたそうです。
来年は5回くらい上げることを目標にしているとのこと。
わたくしも28日がトレーニング納めでしたが、190kgで終わりました。
さすがに200kgはつらいかな。
重たいものを持ち上げるのがすごいことではないし、すばらしいということでもありません。
その人なりの目標を持って、それを達成するために努力することのほうが大切です。

筋力トレーニングの面白いところは、きちんと取り組めば必ず結果が出ることです。
人によって筋肉の組成に違いがあるわけではなく、負荷をかければ誰でも筋力がつきます。
やったか、やらなかったかは結果を見ればいいだけ。

仕事というのは誰かのためにすることなので、結果が伴わないこともある。(伴わないことのほうが多い)
趣味というのは自分のためにすることなので、結果が出るまで無我夢中でやってしまうもの。
結局、コントロール可能なことに集中して結果が出ればストレスの発散になる。
精神的にリフレッシュするためにも、仕事と趣味の行き来というのは大事なのであります。

来年は酉年なので飛躍したいなと思うのでした。

皆様のおかげで今年も何とか生き延びました。
改めて感謝申し上げます。
ありがとうございました。

Dec. 28

連日、長野県の教員の不祥事が新聞記事を踊っておりまして。
今回は下半身を露出して逮捕されたそうです。
「元気があってよろしい!」と締めくくりたいところですが、有識者や教育委員会などの考えがおかしいので物申したいと思いました。

教職員の不祥事が発覚するたびに研修会と称して講義を受けることになるようです。
偉い人の話を聞いて、いったいどれくらいの効果があるのでしょうか。
はなはだ疑問です。
教員になった方は学校できちんと授業を受け、平均以上の成績をとり、採用試験を通過した人たちです。
現行の教育システムにマッチングした方々です。
お利口さんです。
そのような方々が不祥事を起こす。
それらの多くは教育という仕事とは別次元のものが多い。

原因と対策をとることになるのではありますが。
原因というのは仕事上の問題とは別のところにあるように思います。
今回のように「性癖」というものは研修することで矯正されるのでしょうか。
職場でコミュニケーションを多くとったからと言って何とかなるのでしょうか。
建前上のことを取り組んでも何も変わらないと思います。
かといって本音で語り合って解決するかといったらそうもいかないでしょう。

なぜなのか。
人間が作り出す心の問題というのはそれだけ深いものなのです。
答えが存在しないので、「考えましょう」しかできないのではないでしょうか。
本人自身が問題だと思っていて、それを治したいと思っている。
そうでなければ解決していくことは難しいでしょう。

解決のしようのない深い問題なので「あきらめる」というのも選択肢としてあっていい。
そもそも、どんな集団でも一定の割合で問題を起こす人はいるものです。
どうしても対策を打つとしたら採用のしかたを大幅に見直すしかないでしょう。
そして、問題が起きたら解雇できるようにすることも必要かもしれません。

Dec. 25

ジムの山崎会長もびっくりのベン・ジョンソン越え。
192.5kgに到達しました。
脅威の集中力で「ウォリャ~~ッ」と上げました。
今年中は難しいかなと思っていたのですが、残り1週間で目標を達成。
年齢を考慮すると週1回のトレーニングでは維持するのが精一杯かと思っていましたが、やればできることが証明されました。

ステロイドを使えば何十倍の速さで破壊された筋肉の修復が行われ、筋力が向上する。
そのかわり、副作用によってその後の人生は大変なことになる。
アスリートとして一瞬の栄光のために、その後の長い人生を棒に振ってしまう。

急激な変化というのは歪を生み出す。
長いスパンで目標を設定し、低成長でいいからそこに到達することが大事ではないか。
伊那食品の年輪経営はやはりいい考え方だなと思う。
ただ、最近は世の中の変化が早すぎるんですね。
自分を見失わないようにしないといけない。

 

Dec. 24

久しぶりに楓と二人だけの夜。

昨日の強風はどこへやら。
我が家は暖房は薪ストーブ。
テレビなし。
山のふもと。
機械的な音はほとんど聞こえてこない。
耳を澄ましていると、時計の針がリズミカルに動いていた。
何の誘惑もない場所で生活しているので、「暗いから寝よう」となる。
「明日は走るかな。トレーニングもするし」と何も考えず眠りに落ちるのであった。

シンプルな生活をすると思考はシンプルになります。
考えることは減るということではなく、逆に増えるのですが、より深い思考になるといいますか。
気が散らないといいますか。
情報が多すぎると、必要のないものを選別して切り捨てるという能力が必要になるんですね。
会社で仕事をしているときは取捨選択の連続で頭が疲れる。
だから、家にいるときはシンプルな生活がよさそうです。

Dec. 23

糸魚川で大変な火事が起きたそうです。

昨晩は風がものすごく、眠れませんでした。

薪小屋が飛ぶのではないか。
重機や農機のカバーが飛んでいってしまうのではないか。
木が倒れてくるのではないか。
枝や松ぼっくりが屋根に落ちるたびに、「大丈夫かな・・」と心配になってしまって。

何なんでしょう。
風ひとつないこの朝は。

Dec. 22

自主性と主体性

違いはいったい何だろう?

自主性というのはやることが決まっていて、自ら進んで行動していくこと。
主体性というのはやることが決まっていない中で自ら考え判断して行動すること。

「利他と感謝」
これは今期の弊社のテーマ。
利他とは?
利己の反対ですね。
自分以外の誰かのために行動することです。
仕事というのはまさに利他。
感謝とは?
仲間たちは利他のこころをもって行動しています。
いつも「ありがとう」と思うようにしようということです。

挨拶は言われなくたってきちんとやるのが自主性。
主体性というのは挨拶の目的は何かと考える。
企業理念や上記のテーマを照らし合わせて、「職場の雰囲気を良くする」「コミュニケーションを促進する」と考えれば、朝礼を工夫したり社員同士が交わる機会を多くするような場を作る案を企画して実行するということです。

自主性というのは何気に難しい。
体育会系の高校生は同じ部員たちが集まっているときには非常に礼儀正しく、挨拶も元気である。
そういう場面に遭遇し、気持ちのいい朝を迎えたことがある方は多いでしょう。
だが、その同じ高校生が一人となったとき。
挨拶もろくにできないことが多いのです。
これは場面や集団における機械的な動きを教育されていると思っていいでしょう。
挨拶という行為が目的化して指導を受けてきた結果なのです。

解法と答えを覚える。
2+3=〇
これが日本の教育。

〇+〇=5
これが海外とくに北欧系の教育。

大量生産の時代には日本の教育は大いに機能した。
高い品質のものを安定的に作る。
決まったことを決まったとおりにやればよかった。
あまり深く考えなくても世の中と一緒で成長できた。見かけだけ。
だが、今はどうだろう。
答えのない時代に突入した。
自分で考え、リスクを取って行動することが求められるようになったのです。
日本は行き詰っている。
学校教育が何も変わっていないのだから、覚えることばかりに能力を発揮する人を量産していることになる。
学校生活でかの能力を発揮できなかった人は逆にチャンスではないですか。
そこに力を注いでこなかったのだから、脳みそが渇望しているはず。
さあ、考えて行動しよう。
わからないことがあればクグればいいんですよ。ググれば。
知らないことは別に大した問題ではなく、早く調べて考えて行動して・・・。

大量生産時代に乗っかってきたわが社も岐路に立っています。
急務だけど急には変われない。
人間はそんな簡単には変われないのですから。
ある程度の失敗を許容し、再挑戦する機会を与えなければ育たないと考えています。
自分で考えて行動し、それに責任を負う。
責任の重みを感じて初めて、自由は与えられるものではなく、自らつかむものだと理解する。
新しい血を入れながらひとり、ふたりと人材の芽が出てくる。
そういうものではないかと思う。

主体性を社員全員に求めるのは酷ですから、自主性くらいは多くの社員に養ってもらいたい。
コアとなるリーダーは自主性だけではだめですから、主体性まで要求する。

そうなるための環境はどのようなものがいいのか模索するのであります。
組織は生き物なので手段も答えも常に変化していて「これ」という勝利の方程式などないのです。

Dec. 20

年末ということもあるのか、求人ページを閲覧する方が多いようです。
12月と3月は人の動きがあるっていうことですね。

中小企業というのは社長のキャラクターが大事ですから、そこを一点集中で考えましょう。
ベースとなる考えが合わないなと思ったら、その会社に行くのはやめたほうがいいですね。
嫌な思いをするだけです。

わが社は「やる気」重視です。
自主性を尊重します。
自ら動けない人にとっては嫌な職場です
「なぜやらないの?」「やらない理由を知りたい」と聞かれます。

話が変わって。
わが社にはアスペルガー症候群の社員がおります。
「楽しい」「面白い」と本人が感じたものにはものすごい能力を発揮します。
手先は不器用で、ハサミやカッターもろくに使えないのに、好きなゲームのコントロールは神がかり的な指先操作を行います。
好きな歌は歌詞を全部覚えます。
アベレージ人間が多い日本において、このような凸凹の多い人というのは大きな価値があると思っています。
いずれ人工知能が発達し、ロボットと一緒に仕事をする時が来る。
ロボットがアベレージ人間の仕事を奪っていくのです。
ある場面で特別な能力を発揮できるというのは、人間に残された仕事を全うする上でとても大事に思えます。
どうやってアスペルガー症候群の社員を教育して力を発揮させるか。
いま、模索中でございます。

Dec. 17

Footprints in the sand

One night I dreamed a dream.
As I was walking along the beach with my Lord.
Across the dark sky flashed scenes from my life.
For each scene, I noticed two sets of footprints in the sand,
One belonging to me and one to my Lord.

After the last scene of my life flashed before me,
I looked back at the footprints in the sand.
I noticed that at many times along the path of my life,
especially at the very lowest and saddest times,
there was only one set of footprints.

This really troubled me, so I asked the Lord about it.
“Lord, you said once I decided to follow you,
You’d walk with me all the way.
But I noticed that during the saddest and most troublesome times of my life,
there was only one set of footprints.
I don’t understand why, when I needed You the most, You would leave me.”

He whispered, “My precious child, I love you and will never leave you
Never, ever, during your trials and testings.
When you saw only one set of footprints,
It was then that I carried you.”

author unknown

 

足あと

ある夜、私は夢を見た。
私は砂浜を1人で歩いていた。
後ろを振り返ると、そこには延々と刻まれた自分の足跡があった。
その足あととともに人生のさまざまな場面が思い出された。
隣をみるとそこには神様が立っていた。
そして、足あとを良く見ると、2組の足あとがあることに気付いた。
一つは自分の足あと、 もう一つは神様の足あとだった。
しかしよく見ると、ところどころ足あとは1組しかなかった。
そして、それは私の人生の中でもっとも辛く、苦しく、 悲しみのどん底にあった時期だった。
私は驚いて神様に尋ねた。 「私が辛く苦しいとき、 あなたを最も必要としていたとき、 どうしてあなたは私を見捨て 私と一緒に歩いてくれなかったのですか?」
すると、神様はささやいた。
「私はあなたを決して見捨てたことなどありません。
私はいつもあなたと一緒でした。
あなたが試練に会って苦しんでいたとき、 1つの足あとしかないのは 私はあなたを背負って歩いていたのです。

作者不詳

 

キリスト教的な考え方なのですが、人間というのは孤独には耐えられない。
実在する友がいなくても、こころの中に神や友を宿らせないと生きていけないのです。

Dec. 15

天国へ旅立った取引先の社長。

言いようのない感情がこころの泉からあふれてくる。
どうしても最期に伝えたいことがあった。
気持ちを伝えたら少しでも安らかな気持ちになってもらえたかもしれない。

社長の遺志は私が継いでいきます。

恐怖の神、不安の神がやってきてはこころのドアをたたく。

Dec. 14

先日、東京に行ったところ1500円の女性向けの美容室がありまして、大変混雑しておりました。
美容室の数というのは世界的にみると日本は断トツで、コンビニの数より多い。
最近はこのようなリーズナブルな床屋や美容室が増えて家計的には非常にありがたい訳で。
混雑ぶりも凄い。
それだけの需要があるということなんですね。
女性はカットやパーマ、カラーリングなどで通常は1万円くらいかかったり、半日潰したりで大変ですよね。

そこの美容室はカット10分。
外観も店内が全部見えておしゃれ。
開始からタイマーで10分のみのカット。
毛染めを希望する方は市販品を持ち込みとのこと。
非常にいいですね。
時間のない主婦の方にとっては非常にありがたいのではないでしょうか。
数か月後には長野にも進出してくるかもしれませんね。

1000円床屋に女性が進出してきたので、外見だけは男気満載のわたしがこのような美容室に行ったらどうなるでしょう。
ツイッターとかフェイスブックに投稿されそう。
「ありえなくない?美容室に角刈りに来るなんて・・・。」
「あれはきっとゲイだ・・・。」(誤解がないように。違いますから。女性好きです。男は嫌いです)