日別アーカイブ: 2016年12月22日

Dec. 22

自主性と主体性

違いはいったい何だろう?

自主性というのはやることが決まっていて、自ら進んで行動していくこと。
主体性というのはやることが決まっていない中で自ら考え判断して行動すること。

「利他と感謝」
これは今期の弊社のテーマ。
利他とは?
利己の反対ですね。
自分以外の誰かのために行動することです。
仕事というのはまさに利他。
感謝とは?
仲間たちは利他のこころをもって行動しています。
いつも「ありがとう」と思うようにしようということです。

挨拶は言われなくたってきちんとやるのが自主性。
主体性というのは挨拶の目的は何かと考える。
企業理念や上記のテーマを照らし合わせて、「職場の雰囲気を良くする」「コミュニケーションを促進する」と考えれば、朝礼を工夫したり社員同士が交わる機会を多くするような場を作る案を企画して実行するということです。

自主性というのは何気に難しい。
体育会系の高校生は同じ部員たちが集まっているときには非常に礼儀正しく、挨拶も元気である。
そういう場面に遭遇し、気持ちのいい朝を迎えたことがある方は多いでしょう。
だが、その同じ高校生が一人となったとき。
挨拶もろくにできないことが多いのです。
これは場面や集団における機械的な動きを教育されていると思っていいでしょう。
挨拶という行為が目的化して指導を受けてきた結果なのです。

解法と答えを覚える。
2+3=〇
これが日本の教育。

〇+〇=5
これが海外とくに北欧系の教育。

大量生産の時代には日本の教育は大いに機能した。
高い品質のものを安定的に作る。
決まったことを決まったとおりにやればよかった。
あまり深く考えなくても世の中と一緒で成長できた。見かけだけ。
だが、今はどうだろう。
答えのない時代に突入した。
自分で考え、リスクを取って行動することが求められるようになったのです。
日本は行き詰っている。
学校教育が何も変わっていないのだから、覚えることばかりに能力を発揮する人を量産していることになる。
学校生活でかの能力を発揮できなかった人は逆にチャンスではないですか。
そこに力を注いでこなかったのだから、脳みそが渇望しているはず。
さあ、考えて行動しよう。
わからないことがあればクグればいいんですよ。ググれば。
知らないことは別に大した問題ではなく、早く調べて考えて行動して・・・。

大量生産時代に乗っかってきたわが社も岐路に立っています。
急務だけど急には変われない。
人間はそんな簡単には変われないのですから。
ある程度の失敗を許容し、再挑戦する機会を与えなければ育たないと考えています。
自分で考えて行動し、それに責任を負う。
責任の重みを感じて初めて、自由は与えられるものではなく、自らつかむものだと理解する。
新しい血を入れながらひとり、ふたりと人材の芽が出てくる。
そういうものではないかと思う。

主体性を社員全員に求めるのは酷ですから、自主性くらいは多くの社員に養ってもらいたい。
コアとなるリーダーは自主性だけではだめですから、主体性まで要求する。

そうなるための環境はどのようなものがいいのか模索するのであります。
組織は生き物なので手段も答えも常に変化していて「これ」という勝利の方程式などないのです。