月別アーカイブ: 2017年5月

May 31

タイガー・ウッズ選手が逮捕。
宮里藍選手は引退。

ゴルフ界にとっては残念なニュースが続いた。

「トップを走る者の重圧」

ゴルフは精神性の強いスポーツ。
他のスポーツに比べると非常にデリケート。
ラグビーだってデリケートな部分はある・・・・かもしれない。
雨が降ろうが槍が降ろうがプレーしますし。
試合中にケガした人がフィールドにいても、基本的にはプレー続行するし。
プレーが中断しても「プレーできないならフィールドから出てろ」という冷たい対応を受けるし。(みんなから)
まさに世の中以上の理不尽さであります。
やる気のない奴は置いていかれます。
あれ?全くデリカシーの欠片もないじゃん。

話しを戻しましょう。
トッププレーヤーともなれば多くの観衆の前で注目を浴びながら一打を打たなくてはならない。
そのプレッシャーたるや。
ほとんどの人が誰かにジーっと見られているだけで力んでとんでもない方向に球が飛んでしまう。
ラグビーみたいなスポーツは恐怖感との戦いもあるので、見られているといい方向に作用するんですけどね。

ゴルフ特有のデリケートさ故に、トップで居続けるのは大変だと思う。
紳士のスポーツとして、プレーだけでなく普段の生活もロールモデルとして振舞わなくてはならない。
失言もできないし、人前でおならもできない。
ふつうはしないか。
心が休まる時がないではないか。
孤独にさいなまれる。
わかる。わかる。その気持ち。
トップでなくたって寂しいじゃないですか。(いつも)
何かに頼りたくなる時だってあるじゃないですか。(いつも)
ちょっと世間並に羽目を外してみたら大バッシングのオンパレード。
耐えられませんよね。
だから「まだできるんじゃない?」とか励ますのではなく、
「よく頑張ったよ。少し休んで気が向いたらやればいいよ」って言いたいね。

タイガー・ウッズ選手はお父さんを亡くしてから不安定になった。
最前線で活躍するのもいいけど、指導者になるっていう選択肢があれば違っていたかもね。
いつまでも挑戦するのは辛いよ。
彼を使って稼ぎたい人がいる。
いつの間にか自分に対する挑戦が、周囲の期待にこたえるための競技生活に変化する。
心の中から湧き出てくるやる気が減退し、外圧によるやらされ感・使命感が増大。
甘い言葉で近づいてきた人たちは、お金にならないとなると去っていく。
同志だと思っていたのに。
お金と名声は手に入れたのに、心から喜べない日々。
実のところはわからないけど、そういう部分があったのではなかろうか。
若いうちからセカンドライフをどうするのか、アドバイスできる人がいたらよかったのに。
まだ若い。
やり直せるよ。

 

May 29

運動会に行ってまいりました。

児童・生徒として参加する運動会。
親として参加する運動会。
わたくしの場合は教職としての運動会も経験しました。

子どもたちが整然と整列したり走っている姿を見ると、それはそれで感動したりするのだけれど。
「なぜ?」というところに視点を置くと、しっくりこないことも見えてきたりする。

家族をはじめ多くの人が交流し、親睦を深める良い機会である。
行事を通じて社会生活を育むことは良いことである。

それをわかった上で考えてみたのだけれど、このような「与えられたイベント」がなければどうなるのだろう?
何が言いたいかというと、楽だからただ乗っかっているだけじゃないかと。
主体性をもって社会とかかわっているかという疑問。
例えば、このような学校行事がなくなったら、みんなどうするだろう。
実は一番困るのは学校の先生である。
指導力のない先生は特に困るだろう。
学校行事というのは一年という区切りの中で短期的目標を達成することに大きな意味を持たせている。
料理で言えば、スパイスのような役目を果たしている。
スパイスが効きすぎて、本来の料理の味がしなくなるといいますか。
学校行事がなくなったら、授業にごまかしがきかない。
授業の密度の濃さが問われるので、指導力のない先生は晒し者となる。
行事のための練習と称して授業は特別編成が組まれ、落ち着いて学習に取り組む時間がそがれる。
テキトーな授業をやっていても許される。

塾の存在がいいか悪いかは置いといて。
塾の先生の授業は面白い(場合がおおい)。
先生も生徒も目的を共有しているので、進む方向が単純明快。
生徒が「この先生はおもろくない。成績も上がらないだろう」となれば、他の塾へ行ってしまう。
これは、先生の死活問題となる。
常に競争にさらされており、下手したら淘汰されるのだから必死である。
いかにわかりやすく、面白く授業をするか工夫に工夫を重ねることになる。
それに比べて、学校の先生は・・・言わずもがなである。

「学校の先生の負担が・・・・」といって長時間労働が問題となっている。
「じゃ、行事をやめれば」とアドバイスしてあげましょう。

結局、先生も保護者も行事に頼る。
やめられない。
利害が一致しているというか。
楽なんですよ。
今までどおりに乗っかっていれば。

保護者も学校に多くを求めてはいけない。
子供たちの成長している姿を学校でない場所で見るような努力も必要だ。
イベントがあると楽なのは確か。
孫の顔を見たいおじいちゃんやおばあちゃんもいる。
そういう機会としてはとてもよさそうに思える。
場を提供してくれているわけだから。
だけど、与えられたものにただ乗っかっているだけでいいのか。
日本人はもっと個人が主体性を持って行動する機会を持ったほうがよいのではないか。

運動会に関する提案。
任意参加にする。
競技に出たい人だけが出る。
参加者が減る可能性が高いので、学校対抗の運動競技会にする。
競技に出ない生徒は必ず応援に参加する。
こんなんでいいじゃないでしょうか。
運動の得意な子の晴れ舞台は残しておきましょう。
練習は基本的に個人任せ。
もしくは体育の授業のみなので、他の授業にまったく支障なし。
応援練習は休み時間と放課後のみ。
いかがでしょうか。

(断っておきますが、運動会に嫌な思い出があるわけではありません。
わたくしのためにある行事といっても過言ではございません。)

May 27

遅ればせながら新入社員の歓迎会が行われました。

新しい世代の皆さんは昔のような固さがなくていいです。
社長や上司だからといって煙たがるような感覚というのが薄れているように思います。
飲み会の雰囲気も以前と比べて会話と笑いが増えました。
ボケと突っ込みで会話が弾むのは見ていても面白い。
新しい社員が入ってくるのは本当にうれしいですね。

目の前の仕事にアップアップになってしまって、職場は殺伐とした雰囲気になりがち。
ストレスから解放されたときの人間関係もきちんと築いておくことが大事です。
仕事でのお付き合いは家族以上に同じ時間を過ごすのですから。

なんかいい感じです。
楽しいっす。

May 25

連休明けから五月病に見舞われている方もいらっしゃるかと思います。
ご愁傷様です。
世の中は甘くないっすね?
他の会社に行った友人と話をすれば、隣の芝生が青く見えて仕方がないでしょう?
こんな時には隣の芝生に移る前にやるべきことがあります。
そうです。
スキップです。
フラフープでもいい。
やっている本人だけでなく、見ている人も楽しくなる。
ここまでくるともう、松岡修造状態です。

隣の芝生に移っても結局は同じです。
お金以外の何かがないと続きません。
続いたとしても有益な時間ではないでしょう。
その何かとはいったい何なのか。
それを突き詰めて考えていきましょう。

だいたいにおいて上司なんて気に食わない存在です。
社長なんて最悪じゃないですか。
それでいいんです。
そんなもんなんです。
自分の思いを理解してもらおうなんてことを考えてはいけません。
だって、お客さんがあなたの思いを理解してくれます?
お客さんにとってはそんなことはどうでもいいことなんです。

まずは”くれない”族から脱皮しましょう。
「上司が分かってくれない」
「会社が〇〇してくれない」
そんなこと言っていても何も変わっていきません。
自分が組織に対して何ができるかという方向転換が必要です。
ベクトルをチームの方に向けましょう。
与えてもらうことに喜びを見出すのか、与えることに喜びを見出すのか。
後者の立場に身をおくことができるようになれば、仕事の質が変わってきます。

5月に入って悩んでいる方が多いのでしょう。
求人のサイトをご覧になっている方が増えているようです。
まずは目の前の試練を乗り越えくださいね。
別の環境に移っても同じ試練が待ち構えていますんで。

優秀な社員が増えてきました。
わたくしも日々彼らから学んでおります。
「・・・そこまで考えていてくれているのか・・・・」
と、うれしくなったりします。
社員がイキイキと仕事ができるように、自分には何ができるかいつも考えています。

共に成長したいと思う方。
応募お待ちしております。

May 24

「メンタルを強くするにはどうしたらよいのか。」

そんな質問を投げかけられ、いろいろと考えてみた。

わたくしを例にとれば、一般的にメンタルが強いか弱いかで区分けしたら強い方に分類されるだろう。
「あなたは強い方ね」と必ずカテゴライズされる気がする。

わたくし自身はメンタルに強い弱いはないと思っている。
と言いますか、みんな大した差はないと思っている。
こんな自分もしょっちゅう打ちのめされ、落ち込んでいる。
結構女々しいところがありまして、小さなことにくよくよしたりする。
自分の弱さに自己嫌悪に陥ったりもする。

落ち込んでいたからといって物事が好転するわけもなく。
他力本願で待っていても時間が過ぎるだけ。
リーダーともなれば、みんなと一緒になって落ち込んでいるわけにもいかない。
チームを新たなステージに導くために活気を与えなくてはならない。
実のところ”仕方なしに”発奮しているにすぎない。
結局、誰かが変えてくれるわけではなく、自分が変わるしかない。
自分の考え方、捉え方を転換するしか方法はないわけです。
そのスピード感が早いか遅いかがメンタルの強さとして映るのではなかろうか。
特にマイナスをプラスに転換する思考は大いに関係しているように思う。

一方、カリスマ性のある人はメンタルが強そうに見える。
目的を達成するためには手段を選ばない。
とても魅力的なのだが恐ろしい面も同居している。
こういう方はサイコパスである。
サイコパスはメンタルが強いのではなく、リミッターがないのである。

「メンタルが弱いな」という認識は捨てたほうがいいように思う。
深い洞察とそれに基づいた見極め。
そして、手段や方向を修正する。
このような切り換えを早くすることが「ここで」という大事な場面で力を発揮させることにつながるように思う。

May 23

朝起きて最初の3時間の過ごし方があなたの人生を決める

昔からこのようなことは言われ続けていますが、それを実行する人は増えていないように思います。
まあ、増えなくていいです。

実はわたくしも朝型の仕事をしております。
これは教職時代に身につけたものでした。
生徒が帰った後は印刷機が混みあいます。
待たなくてはなりません。
夜遅くなってしまいます。
でも、その当時はラグビーをしておりましたので、トレーニングに行かなくてはならない。
十分な休息もとらなくてはならない。
日中は生徒に付きっ切りなので職員室には戻れない。
となると。
残された選択肢はただ一つ。
朝に仕事をすることになります。

朝は何がいいかって。
前日の雑念もなくフレッシュな気持ちでスタートできる。
静かなので、集中できる。
物理的な準備だけでなく、メンタルの準備が十分にできる。
みんなが来ると仕事が停滞するので、それまでに済まそうとパフォーマンスが上がる。

仕方なしにこのような仕事のスタイルとなったのですが、これで人生が決まるほど大げさなことでもないかと。
判断・決断するのが大きな仕事となっている現在では、朝というのは非常に大事な時間です。
夜、疲れていて雑念があるときにいい判断ができるはずがありません。
自分自身がどういうときにベストパフォーマンスを発揮するのかわかっていれば、朝型である必要はありません。
ただ、わたくしもいろいろな仕事人を見てきましたが、早く来て準備・段取りをきちんとしている人は間違いなくいい仕事をしてます。

みんなが朝型になると静かに仕事ができなくなるので、少数派でいいかと思います。
とはいっても我が社自体が少数派に属していればいいので、「社員のみんな!早く来て早く帰ろう!!」

May 22

5月だというのに30度越え。
夏男にとっては願ったり叶ったりの季節となりました。
巷では熱中症で搬送される方が多いようです。
こちらは「炎天下だからこそ走ろう!」という異次元空間で物事を考えております。
空調設備が整ったおかげで汗腺が減り、体温調節が上手くできない人が増えたのではないでしょうか。
熱が体内にこもってしまうんですね。
とにかく、汗をかくことが大事です。
走ったり、スキップしたり、フラフープをやりましょう!
最近、フラフープができるようになりました。
子供の頃には流行ってなかったし、やったことがなかったんです。
股関節まわりの筋肉が鍛えられていいです。
皆様もいかがでしょうか。
近いうちに一輪車を購入しようと思っています。
実はわたくし、身長くらいの高さの一輪車に乗れます。
生徒に教えてたんで。
久しぶりにやろうかなと思いまして。

暑いのでアイスを食べたくなります。
ガリガリ君で有名な赤城乳業はすごい。
ユニクロのように安くて面白い商品を次から次へと出してきます。
「ガッツリ アロエ」
知ってますか?
アロエの果肉がおいしいんですよ。
これが。
火傷したときにはこのアイスを押し当てておけばいいかも。

May 21

平尾さんが書いた本が最近ベストセラーになっているそうです。
それはそれで近日中に読むとしよう。

平尾誠二氏 追悼 目撃!日本列島より

昨年、放映された番組のようですが、平尾さんの考え方は私もかなり影響されています。
改めていろいろと考えさせられるものがあります。

「自由を勝ち取る喜びと幸せ」「勝ち取るとために挑戦する」「本当の喜びは外圧からは得られない。自発性があってこそ。」
そういったメッセージが心に響くのであります。

May 19

間一髪でございました。
昨晩の帰り道。
一時停止しないで車が出てきまして。
急ブレーキで何とか衝突せずにすみました。

優先道路を走っていたのですが、車が来ているなと思ったんです。
相手が一時停止する場所なのは知っていたので、こちらは減速することもなく通過しようとしたところ。
停止せずに出てくるではありませんか。
前脚を「キーーーーッ」と踏ん張りました。
ほんと、危なかった。
免許取りたての若いお兄さんでした。

この時期は一番危なそうです。
免許を取ったばかりの方は、やっと慣れてくる頃ですので。
高齢者の方も気をつけていただきたく。(運転する方ですけど)
残念な運転をする方がおります。
とにかく我が道を行く人。
渋滞を引き起こすのろのろ運転。
「うしろ、つまってますよ!」「ミラーで後ろを見てください!」「流れに乗って!」
対向車線が混んでいても、かたくなに右折したがる人。
「もっと、右に寄ってください!よけて通れません。後ろがつまります!」
狭い道のすれ違いで端に寄れない人。
「左側、結構あいてますけど。真ん中に寄らないでください!」

以上、運転中のこころの声でした。

May 17

どうでもいい疑問。

リラックマ。

ローマ字表記ではRilakkuma。

「リラックス」と「クマ」を組み合わせたものと思われる。

「リラックス」の英語スペルは「relax」。

であれば。

「relakkuma」ではないのか。
もしくは「rirakkuma」のローマ字読みにするかが妥当な気がする。
なんで「rilakkuma」なのだろう。

いちおう、わたくしの近辺ではわたくしを「クマ」と分類しているようですので、同じ種族としましては気になっておりまして。
わたくしももうちょっとかわいい系キャラで生きてみたい。
あくまでも願望ですけど。