日別アーカイブ: 2018年6月13日

June 13

障害児向け「エリート校」が生まれる根本理由

研究する立場としての見解かと思うのですが、実態が良くわかっていないのではないかと思います。
「障害を持った方々は特別な支援が必要である」
「就職できたからといって、それで幸せかどうかは別問題である」
「受け入れる企業の抱える問題」
このようなことは、実際に関わらないと理解できないものです。

”障害を持った方々の社会参加支援”というのはわたくしのライフワークのひとつです。
さまざまな場面では支援が必要でも、ある一部分では健常者よりも力を発揮する。
そういう子供たちと関わってきたからこそ、我が社でもそのような取り組みをしてきました。
ところが、この数年で状況は一変しつつあります。
AIやロボットの発達です。
これから多くのルーティン業務が置き換えられていくでしょう。
一般就労した多くの人たちでさえ仕事を失いかねない状況です。
「人手不足」とは言いますが、求められる質の閾値が上がっているので、そういうレベルの人が不足しているということなのです。
「会社に行けば、何かしら仕事があって給料が貰える」的な人には仕事がないんです。
単純作業で力を発揮できた自閉的傾向の方も厳しい局面を迎えることになるに違いありません。
障害を持った方々は変化への対応が難しいのです。
しかしながら、世の中の変化が早すぎる。
製造業では量産がなくなって、多品種小ロット対応を迫られる。
当然のことながら、頻繁な変化にどれだけ適応できるのかが分かれ道。
パッ、パッ、パッっと素早く切り替えができる人。
こういう人が求められているんです。
障害を持った方々が一番不得意な局面に置かれてしまいました。
では、どうしたらいいのか。
日々悩んでいます。

いつも言っている通り、「器」の問題なのだと思います。
社会の器。
トップの器。
組織の器。
個人の器。

「器」というのは、経済的にも精神的にも余裕がないと続かないと思います。
精神的に器が大きくても、結局は生きていくためのお金を生み出さなくてはいけない。

「障害を持った方々にも仕事を提供できるほど利益を上げる」
もう、これしかありません。
「仕事を完遂できるほど教育する」ことも平行して行う。

自分たちの身近な人が障害を背負うことがあるかもしれない。
自分自身だってそうなることがあるかもしれない。
そんなとき、会社や世の中はどう向き合ってくれるのか。
そう思うと、こういう考え方を会社の基礎にすえておかないといけないと思うのです。