月別アーカイブ: 2019年3月

Mar. 26

昼休みに走っておりましたら、車に乗った岡工ラグビー部の勝野監督から呼び止められました。

「また来てくださいよ!」

熟考したいと思います。

せっかく日本でワールドカップが開催されるのに、少々盛り上がりに欠けております。

特に長野県では「はっ~?」という感じで、どうしたもんでしょう。

素晴らしいスポーツなんですけど。

 

去年は1回しか練習に参加しませんでした。

リクルート活動は全く実をを結んでおりません。

”大きな会社に入ったら安心”

”有名な会社なら一生安泰”

わたくしのような人間からすると意味不明な考え方です。

大きな組織の単なる駒として働かされるなんて真っ平ごめんでございますんで。

自分の意志を発揮できないなんてつまらないんです。

仕事は自分にとっては労働ではありません。

自分を高めるための手段として利用するものです。

置かれた環境の中で最大限のパフォーマンスを発揮できたらそれでいい。

お客様や仲間からの評価は必ず後からついてくる。

お金もついてくる。

そんなことを説いても見向きもされず、いつになったら骨のある若者に出会えるのかと迷走中。

せっかく声をかけていただいたので、運動がてらに顔を出してみようかと。

Mar. 20

小春日和。

久しぶりに昼休みに走りました。

ちょっと疲れているしプチ鬱なんですけど、それを打開するためには休息か行動しかありません。

脳科学者の茂木先生は毎日走るそうです。

ジョギングなどの運動によるセロトニンの分泌で脳が活性化するからです。

気分転換に有効だし、生産性が向上することは実証されています。

ひと汗かいて、少し切り替えができた気がしています。

今日は依頼されていた試作品を納めることになっていて、夜までかかって何とか組みあがりました。

一品モノ系は何回も失敗できないのでプレッシャーがかかります。

失敗したら大きな損出にもつながりますので、やはり自分が手をかけたほうがよさそうな状況。

お客様の評価を待ちますが、初めての試みにしては上出来ではないか。

そんな製品でした。

第2次試作から量産につながって世の中に出て行ってくれたら嬉しいです。

何となくポジテイィブになってきたぞ。

Mar. 16

機内で観た映画で印象に残っているのがもう一つありました。

『In search of greatness』 というスポーツドキュメンタリーです。

殿堂入りしている3人を取り上げています。

アイスホッケー ウェイン・グレツキー

アメリカンフットボール ジェリー・ライス

サッカー ペレ

グレツキーとライスは自分がアメリカに夢中だった頃に活躍していた選手でテレビでよく見たものです。

 

プロになった頃は決して期待されていなかった選手。

運動能力も平均に満たない。

そういう選手がスターとなり殿堂入りする。

どのような幼少を過ごし、どのようなことを考えていたのかを本人のインタビューを交えて紐解いていきます。

共通しているのは「誰からも強いられることなく練習に取り組んでいた」ということ。

「好きでやっていた」ということ。

親も「やれ」とは言わない。

聴かれたら「こういうやり方もあるんじゃないか」という程度だったらしい。

コメンテーターの言葉がこころに残った。

「Self-Discovery」 つまり、自己発見。

かれらは練習、試合、人生において自己発見を追求している。楽しんでいるというのだ。

 

自分の人生で「これは時間を忘れるくらい好きだな」と思えるものに出会えるか。

改めてそういうことがとても大事に思えてきた。

 

Mar. 14

ドイツに行ってまいりました。

あいにくの天気で帰りは雪が降っていました。

ドイツで雪に降られたのはこれが初めてです。

機内で「ファースト・マン」を観ました。

今年でアポロ11号の月面着陸から50年です。

派手なアクション映画とは異なり、ニール・アームストロング氏の内面にスポットを当てた感じがとても良かった。

アメリカ人にしてはとても謙虚で自己顕示欲も低い方だったようで、何だかとても共感できました。

映像部門のアカデミー賞を受賞しているだけあって、リアルな感じがとてもいい。

自分たちが作ったレンズが使われたらいいな。

ロケットで宇宙にも行ってくれたらいいな。

 

ソ連との宇宙開発戦争で実現したプロジェクト。

犠牲もいっぱい払い、反対運動も起きていたようです。

何のために月に行くのか。

何のために宇宙に行くのか。

そんなことのためにお金を使うなら、我々の生活を豊かにするために使ってくれ・・・。

それは一理ある。

その通りかもしれない。

 

ケネディーの有名な演説があります

「人は何故高い山に登るのか。それと同じだ。我々はそれが簡単だったらやるのではない。難しいことだからチャレンジするのだ」

未知なものだからこそチャレンジする。

XSpectraなのであります。

夢や目標ががあったほうがいい。

気持ちが前向きになります。

 

Mar. 6

「本から学ばない人」と「読書家」の致命的な差    齋藤孝「読書の効用は疑似体験にある」

齋藤先生はあまり好きではないんですけど、なかなかいいこと書きますね。

電車に乗っていても、待合室でも読書をしている人は皆無。

みんなスマホです。

いい大人がゲームとかに夢中になっているのを見ると、ホント残念な気持ちになります。

スマホで読書している人もいるかもしれませんが、本はやっぱり紙がいい。

紙の材質も日本はダントツの世界一。

読書のいいところは自分の頭の中で無限に世界が広がっていくところです。

自分との対話の時間でもあるので大事にしたいですね。

明日からドイツに行ってきます。

Mar. 5

省庁の障がい者雇用水増し問題に端を発して、各省庁で採用試験が実施されたようです。

かなり混乱しているようで、改めて問題が浮き彫りになっています。

簡単なことではないんですよ。

輪切りで物事を決められないのです。

障害の程度や業務のマッチングなどを考慮すれば、試験をするにしてもそれなりの期間や事前準備が必要なのは明白。

数字合わせのために採用され、あとになってうまくいかないことだらけで本人も周囲も混乱し、きっとだれも責任を取らない。

こんな状態では春から大変なことになりますね。

厳しい言い方ですが、正規の公務員として採用されれば解雇されることもないという安易な考えで応募する家族もいるでしょう。

世の中の問題を政治利用する活動家もたくさんいてうんざりします。

やる気満々の自分でさえうまくいっていないのに、普通の組織でうまくいくはずがありません。

 

先日、日本理化学研究所について社員に聞かれ、You-Tubeを見ました。

すっかり忘れていたんですけど、この会社はチョークを製造していて障がい者を積極的に雇用していることで知られています。

チョークの需要は減っているから生き残りは大変だろうなと思っていたのですが、頑張っているみたいでよかったです。

信念だけではダメなのかなと最近弱気です。

自分で一から新しい会社を作ったほうがいいのかなとか。

幸せっていったい何なんだろう。

だいたい、自分以外の人も幸せにしようなんて考えが傲慢じゃないのか。

障害を持った人も社会参加させようなんていうのも偽善者なんじゃないのか。

感謝されたいなんてこころのどこかで思っているんじゃないか。

名を残したいなんて思っているんじゃないか。

自問しながら、薪ストーブのの火を見つめる。

 

無力感をしばらくは味わって、新たな出会いがあればまた気持ちに変化が出てくるかもしれません。

 

 

Mar. 3

日本というのは世界を見渡せば均一的、均質的な社会であると思う。

何をもって平等というかは様々な見解があろう。

いちおう「平等」という名のもとに、みんな同じような教育を受け、みんなが同じであることが尊ばれている。

それは良いことではある。

だが、弊害も生まれているように感じる。

少しでも同質ではないとみなされると、「ちょっと違う」という理由で仲間外れにしたり、攻撃したり、変な目で見たりする雰囲気が生まれる。

これは日本に限ったことではなく、大なり小なり強固なコミュニティーが形成されている場所では同じことが起こるのだが。

一致団結している組織では異質なものが入ってくると、その連帯感を守るべく排他的になるのだ。

東京で生まれ育ち海外でも生活してたから、その経験から現状の生活や仕事に生かせるものは取り入れたいといつも思っている。

「こういう仕組みにしたらもっと効率がいいのではないか」

「こんなやり方をしたら個人の負担は減るのではないか」

「そもそもこれって面白くない?やってみよう!」

提案しても受け入れられないことのほうが多い。

村八分は当たり前。

「いいですね・・・」とは言っても、社交辞令で本心で関わろうという人はほとんどいない。

住んでいる場所でも仕事でも保守的な考えが根強くて変えたがらない人がどれだけ多いことか。

新しい考え方の人と関わると面倒なようだ。

日本では天才がなかなか活躍できない。

異質だからである。

日本人のノーベル賞受賞者の多くはアメリカで研究している。

スポーツ選手や芸術家も海外で認められて逆輸入というパターン。

海外に行くと異質なものに対する許容量が大きいので活躍の場が広がるのだ。

日本人と仕事をしたことのある外国人からは、わたくしは珍しがられる。

「日本人らしくないね、君は」と何十回となく言われてきた。(いい意味だと受け止めていますけど)

世の中はひろく、ありのままの自分を受け入れてくれる場所があると知ることができたことはとてもよかった。

 

均質的な組織の排他性。

これは障がい者の生活にも当てはまる。

障害者の方々の社会参加をライフワークの一つにしているわたくしにとって、思った以上に大きなハードルである。

10年取り組んできたけど、なかなかうまくいかない。

結局、無理なのだろうかと雨に霞む仙丈ケ岳を見つめる。