作成者別アーカイブ: 谷 直樹

Aug. 10

事後報告で転職離婚、年収100万減でブロック…家族の反対で内定辞退の現実

転職は人生の転機ですから大事な選択であることは間違いありません。
その人によって人生観、仕事観は異なりますし、何のために仕事をするのかという問いに対してもいろんな答えがあると思います。
わたくしもこれまで転職もしてきましたし、「これは人生の岐路だった」と思えるような転機がありました。
「幸せになるために生きているし、仕事をしている」というのが悩みぬいた末の自分の出した現時点での答えであります。

年収が減るから奥さんが離婚を迫るってすごいですね。
そういう人とはすぐに別れた方がよろしいかと思います。
「どうしてオレと結婚したの?」って聞いてみればいいのです。
「この会社に勤めているあなたが好き」とか
「これくらいの給料をもってきてくれるあなたが好き」って即答されたらどうしよう。
すぐに離婚届を出しましょう。
仕事をするのは奥さんではありませんけど・・・。
本人の意思が優先されて然るべきですけど・・・。
「こんな自分を好きになってくれた奥さんが大好きで離れたくない」
こういう人もいると思います。
これは自分自身を一生懸命説得することに専念しましょう。
でも、年収が減るから転職はやめて欲しいなんていう奥さんと一緒にいたら、人生の節目節目で同じような問題が必ず出てくると思います。
前途多難な人生。
もうこれは間違いない。
これからも人生の転機を迎えるときに同じことが起こります。
早めに決着をつけるのが良いと思います。

ロボットやAIの発達で人間の仕事がなくなっていきます。
これはもう止められない。
では、あなたはどうするの?
みんな真剣に考えないといけません。
誰にでもできてしまうような仕事というのはたいした給料がもらえなくなります。
昇給だってないでしょう。
予想がつくじゃないですか。
当たり前の話です。

わたくしは人間にしかできそうにない仕事で食べていくつもりです。
手作業でないと完結しない仕事は絶対に価値が上がる。
わたくしはそう思っています。
我が社の仕事は高い価値のある仕事です。
まだ、多くの人には認められていませんけど。
世界に認めてもらえるときが必ず来ると思っています。
そのためには。
そもそも我が社の手の込んだ仕事が好きであること。
光という目に見えないものをイマジネーションを膨らませて微調整できること。
我が社の理念に賛同できること。
失敗を恐れず挑戦し続けること。
このようなハードルを乗り越えて初めて実現できるものなんです。
「会社に行けば給料をもらえる」的な考えでは絶対に乗り越えられない次元の仕事です。

お金より優先されるべきものがまず先にあるんですよ。
お金は後からついてくる。
そういうもんです。

Aug. 9

明るい未来なんて誰も約束してくれない。

成功なんて誰も保証してくれない。

いつも右肩上がりとは限らない。

命に限りがあるからみんな一生懸命生きる。

期限があるから仕事も頑張れる。

俺は筋トレをする。

努力したぶん必ず報われる。

人生は不安定で努力が報われるとは限らない。

いや、ほとんど報われないといっていい。

だから、自分を励ますために筋トレをする。

今日は男っぽく語ってみた。

以上。

 

Aug. 6

連日の猛暑でアイスや飲料メーカーは大忙しではないでしょうか。
わたくしも意味もなくコンビニに寄っては、アイスや炭酸ジュースを買ってしまいます。

高校野球が始まったようですね。
ご存知の通り、日中のこんな猛暑の中での試合には否定的な見解をもっております。
土日にはNHKのラジオでも高校野球の伝説について一日中放送していました。
もうこれは宗教以外の何物でもないと思います。
興行的には最高のコンテンツですけど、異常なまでの執着心には閉口です。
ドームで開催したらどうか。
開催時期を改めた方がよくないか。
昼は避けた方がよくないか。
連戦連投はよくないのではないか。
多くの人が思っているし、メディアで提案する人もいる。
それなのに、すべて却下される。
「甲子園でなくては駄目なんです!」
金村氏が熱弁する。
「この時期でなくては駄目なんです!」
視聴者も過去の感動体験を忘れられない。
朝日新聞やNHKは更に演出・宣伝する。
そして、伝説を作り宗教化していく。
日本が戦争をやめられなかったのとたいして変わりない精神構造ではなかろうか。
言い方は悪いかもしれませんけどご理解いただきたいのですが、試合中に死者でも出ない限りは見直しがされないのでしょう。

わたくしだって同じような体験をしてきましたけど、「もっと、よいやり方があるのではないか」といつも現状に疑問を持つようにしておりました。
話しは少し違いますけど、代表監督とかは外国人がいいといつも思っています。
「日本人なんだから、代表監督も日本人であるべきだ。歴史や日本人の精神構造を理解している人がなった方がいい。」
このように反論する方がいます。
理解はします。
それも一つの考え方だと思います。
外国人が監督になる場合、その人の好みや構想はあるにせよ、その時点での実力者しか選ばれない。
学閥や出身地など考慮されることはなく、あくまで実力での評価。
ゼロベースでの選考。
関係者の先輩後輩といった力関係、しがらみも作用しない。
だからいいんです。

スポーツビジネスの先進国から主催運営を招聘したらどうなるだろう。
高校野球は表向きは「教育の一環」という建前を前面に出しているが、すべて大人の事情ではないですか。
いったい、どこが教育的なのでしょう。
教育という名のもとに聖域化していますよね。
お金や名誉が大きく絡んでいるではないですか。
大人中心のビジネスをカモフラージュしている。
ゼロベースで見直そうとしたら、もっと大会として発展させようとか、野球のすそ野を広げようとか、利益を参加高校に配分しようとか、いまとは違う提案がなされるはずです。
みんなあれだけ熱狂するし、興行としては最高じゃないですか。
開催時期をずらすだけでも、我々の日常が変化するかもしれない。
夏休みが秋休みになるかもしれない。
働き方改革とも連動するかもしれない。
それくらいのインパクトがあるように思うのです。

少子化、野球人口の減少、オリンピックでの不採用など、取り巻く環境は大きく変わっています。
今までと同じことを繰り返していても発展は見込めません。
「野球を通して世の中を変えていく」
こういうことがいま求められていると思うのです。

ラグビーもひところの人気は影をひそめ、野球以上に深刻な状態です。
しかしながら、来年はワールドカップが開催されます。
イギリス連邦のスポーツから世界のスポーツへ。
これがラグビーのテーマとなっています。
アジアでの開催は初めてで、すそ野の拡大を目指しているといっていいでしょう。
今年は日本に多くの世界的有名選手が入団しています。
日本大会で勝ち抜くために環境に慣れておこうというのがある。
また、前回大会で奇跡を起こしたことから「弱小国がなぜ勝てたのか」と選手自身がもっと上を目指せるヒントを日本に求めているのだと思われます。

スポーツひとつとっても内需だけで十分生きていける。
それが発展を妨げている。
やはり、世界を見つめ、そこに飛び出していくという大きなビジョンが必要なのだと思うのです。

Aug. 4

原村の星まつりに行ってまいりました。
昼間ですので人出はいまひとつ。
お客様のブースへ挨拶に。
「うちの社員は誰か来ました?」と聞いてみたのですが、
「いや、谷さんしか来てませんね・・・。」
弊社の社員はだれも来ていないようでした。
こういうときは、本当に寂しい瞬間です。

それはさておき。
いつも思うんです。
完成品を作っている会社でよかったなと。
自分としては。
だって、部品を加工するだけだったらどこに使われているかわからないし、製品を使っている人も部品に対してはあまり興味ないし。感謝もされないし。
「この部品のおかげで・・」なんて誰も言わないですもん。

製品として使えるものが店頭に並んでいたり、実際に使われている。
身近に自分の仕事を誇れると思うんです。
それなのに・・・・。
みんなはただ組み立てているだけなのだろうか。
それを使っている人の気持ちとか、自分でも使ってみようかとか思いをめぐらせないのだろうか。
作業標準書どおりの作業をすれば、「はい、おしまい」なのだろうか。

わたくしの勝手な思いですけど、「製品に魂を込めて欲しい!!」
そして、「実際に手に取るお客さんの声を聞いてみて欲しい!!」
作っている我々のことを知らないユーザーが「これって、いいんだよね。」なんて言っていたりすると、熱いものがこみ上げてきます。
涙が出そうになります。
そういう感動体験を得るチャンスなのにな~。
今日も軽く落ち込みました。

いっけね~。
期待するから落ち込むんですよね。
期待するのやーめようっーと。
んー、そうすると独りで会社やってるほうがいいのかな。
テレスコ工房さんはやたらと楽しそうだしな・・・。

夜は伊那で星まつりです。
独り星まつり。
この週末は楓と二人ボッチなので、静かに星を見ました。
ただの赤い点ですけど、望遠鏡で火星を見ました。
きっと、あれは火星だったと思い込ませております。

Aug. 2

若年層の離職という問題が、ある意味社会問題化している。
高校の進路指導の先生に伺っても、就労してわずか1か月で離職する例も普通にあるそうです。
わが社もご多分にもれず、同じ問題を抱えております。

一応、学校教育に携わっていた者としてどうにかならないものかと考えるわけです。
多くの若者は「給料が・・・」「休日が・・・」と
そういったことばかりに焦点が合っていて、といいますか、テレセントリック状態になっていまして、ほかの大事なことは全く見えていません。

はて・・・、自分が就職したときはどうだったのか・・・。
社会人になったのは23歳でしたけど。
同じようなことを考えておりました。
たいして変わりない自分だった気が・・・。
当たり前ですけど。
いや、もっと体たらくだったような気もします。
間違いない。
仕事が終わってラグビーの練習に行って、帰るのは9時過ぎるんですけど、途中でバーガーキングとかに寄ってセットメニューを食べながら運転して帰る。
マニュアル車だったので、バーガーの持ち替えに忙しくてモモのあたりにたくさんこぼしちゃったりして・・・。
トマトとチーズと肉汁の滴るミートバティの絶妙なコンビネーション。
のどが渇いていて飲むコーラ。
ポテトの塩味。
食べているだけで、こんな多幸感に包まれる時間はあっただろうか。
仕事で嫌なことがあっても、「オレって幸せだなー」「ハンバーガーってなんてうまいんだ」などと気持ちを切り替えられる瞬間でありました。
ということで、二十歳そこそこの頃は食べることと女の子のこととラグビーのことにテレセントリック。
でも、よく考えると今とそんなに変わらないかも。
人間、みんな大した差なんてありませんよ。

ちょっと本題に戻りましょう。
就労してからの3年くらいは大事な期間です。
「石の上にも3年」
新入社員には必ず話をします。
何が得意で、何ができて、何が好きで・・・。
こういうことはがむしゃらに3年くらい取り組んでみて初めてわかることです。

自分で言うのもなんですけど。
石の上に座っているなんて大したことではありません。
砂利の上を裸足で走ってましたよ(走らされていましたよ)。
お尻や脚がが痛いというレベルではなく、もう血だらけ。
病気になるほど仕事したし(させられたし)、なおかつラグビーもやりました。
あの頃の仕事を「今やれ」と言われたら、絶対に拒みます。全力で逃げます。
それくらいやってきたので、忍耐力だけは「もう半端ないって・・・」
そういう体験が今の世の中に通用するかと言えば全く持ってNG。
ですので、押し付ける気持ちはありません。

いま、ひしひしと感じること。
稼ぐということはどれだけ大変なことなのか。
仲間やお客さんに認めてもらうことはどれだけの労力が必要なのか。
実体験を積むしかありませんね。
失敗するしかありません。
そして、それを乗り越えてはじめて先人の思いにたどりつくのです。

でも、ふと考えます。
問題だと思うのは今までと違う現象が起きているからに過ぎないのではないか。
世の中が変化しているのに、それに対応できていない自分がいるのではないか。
問題だと思うから深刻になるし、真剣に考えてそうならないようにしようとする。
「そういうもんだ」と思えば、なんのことはない。
悩まなくてすむし、それを前提で根本から見直しをかける。
そういう発想の転換が必要かもしれませんね。

Aug. 1

沖縄の基地問題に対して問題提起したニュース女子が叩かれる。
LGBTに生産性がないとコメントした議員が叩かれる。

昨今、「多様性を認めよう」「ダイバーシティーだ」などと叫ばれている。
昔から「少数意見も大事にしよう」と言われてきた。
ちなみにダイバーシティーはダイバーのたくさん住んでる街ではありませんから。
diversityですからね。

声高に「多様性を認めよう」、「少数意見を大事に」という人に限って矛盾ともいえる行動を取っていないか?

ニュース女子の報道を「そういう捉え方もあるね・・」と何で言えないのだろう。
杉田議員の発言は言葉を選んだほうが良かったけど、「そういう考え方をする人はいるんだね」でいいんじゃないかと思う。

偏向報道とかはあるとは思うんですけど、そんな報道に踊らされないように、いつも一歩引いた目で物事を見ないといけないと思います。
事実、真実とそれを受け止める人間の思想は別問題で、情報があふれる今の世の中では洞察力というのが必要になりそうです。
見極められなくても、感覚として「これ、ちょっと違うな・・・」と思ったら距離を置けばいいだけの話です。
主義主張が違ったからといって、「お前は間違っている」と攻撃していいものなのか。
「間違い」と「違い」はぜんぜん違う。
「捉え方、考え方が違うね」でいいんじゃないかと思うのです。

July 29

台風による強風で30mの赤松が倒れました。
倒れるというか、根元から3mくらいのところから折れてました。
この木はまずいかなと思っていたのですけど、この程度の風で折れるなんて。
倒れる可能性があって家に届きそうな木は切ってあるので大丈夫なんですけど、いざ夜の暗闇で倒れるとすごい音がするのでちょっと怖いです。

ということで、その隣の同じような松も切りました。
合掌。
家には被害がなくてよかったのですが、愛車のアームに当たった跡がありまして。
アーム?
バックフォーです。
パワーショベルのことです。
勘弁してほしいですね。

会社に行こうかと思っていたのですけど、予定が狂ってしまいました。
ついでに森の中の草刈正雄をしておりましたところ、きれいな花に出会いました。

ヤマユリです。
以前から葉が生えていたので存在は確認していたのですが、今年になって2株ほどこんな風に咲いています。
窓を開けていると家の中にも甘い香りか漂ってきます。

これはハナイカダ。
葉の上に実がなるんです。

裏庭にはいろんな木々や野草が生えています。

July 26

少し酷暑が和らいできた気がします。
明け方は20度くらいですし、日の出が少しづつ遅くなってきていて、何となく秋の足音が聞こえてきています。
「何を言っとんじゃ!夏真っ盛りじゃ!」と言われそうですけど、静かに木々の状態や空気を吸っているとそんな風に感じます。
薪の準備をはじめなくては・・・と思っております。
雨が少ないので木々がかわいそうです。
十分に水をあげないと芝生も焼けてしまいそうです。
冷房の中で快適なのも良いですが、体を壊さないようにしましょう。

重症心身障害児が普通学級で学ぶのは本当に困難なのか

内容が浅いです。
本人のためになるだろうか。
本人が幸せだろうか。
その幸せのためにかかるコストは誰が払うのか。
こういうことをきちんと整理して考えないといけないと思います。
障害を持っていたとしてもみんなと一緒に学習する。
すばらしい考えだとは思うし、そうできたらどんなにいいだろうと思う。
個別対応が必要な人がみんなと一緒に行動する。
これはコストがものすごくかかります。
コスト、つまりお金の話になります。
日本人はお金の話になると「儲けてはいけない」「金で解決するのか」といったネガティブに受けとめる傾向があります。
しかしながら、問題が起きたときにお金抜きに解決できる手段は限られます。
福祉というのはお金がかかります。
バリアフリーのために段差をなくす。
トイレ、階段、支援する人、・・・・。
特別な配慮、支援をを施すことが必要になる。
それを誰が払うのか。
あなたは払えるのか。
払う気持ちはあるのか。
そういうことなのです。
それを許容するのは、やはり器の問題となります。
気持ちだけじゃすまないのです。
お金が必要なんです。

お金はいくらあっても足りない。
皆さんはどこまで許せるのでしょう。
こういった問題、お金の問題に正面から向き合うことはできるでしょうか。