いろんな生き方があっていい

夫婦別姓と再婚禁止期間の見直しで最高裁大法廷で審理されることになった。
小法廷から大法廷に移されるということは改正される見込みが高いということ。

世の中の多様な考え方や生き方を尊重する動きが活発化している。
非常にいいことだと思う。
そもそも結婚制度自体に何の意味があるのかを考えてみた方がいい。
法律で縛る意味があるのかどうか。
何も考えずに生きている人からすると面倒くさいことなのだろうが、いろんな生き方があってもいいわけで、国が何でもかんでも制約をつける必要はない。
日本はそろそろ男尊女卑的な思想を捨てる時期が来ている。
「女性に活躍の場を・・・」というのであれば、鎖をほどいてあげなくては何もできない。
だいたい、そういう発言自体が女性を下に見ているということではないか。
縛られていたい人は縛られたままにしとけばいい。
でも、自由に活動したい人がいるのなら自由にさせてあげるのが筋である。
下に見ていた女性に使われるのが嫌な男性の愚かな姿勢ということだ。

「こうあるべき」
ときどき自分も使ってしまうことがあるけど、自省しています。
井の中の蛙でいてはつまらない。
世の中は広いのであって、自分の生きている世界はとても小さいのだ。
だから、「そういう生き方もあるか・・・。」
「ああいう生き方もあるよね・・・。」
「自分はこうやって生きていこう・・・。」
そういう思考のプロセスが必要なのだと思う