ただ感動すればいいのか

フィギュアスケートの羽生選手が演技前の練習で他の選手と激突し負傷。
頭部に怪我を負ったが包帯を巻いて強行出場。
2位になったとのこと。
テレビがないのでよくわからないが、ネット上では随分の論議になっているようだ。
「感動した」という意見が多いが、「出場させるべきではない」という意見も出ていた。
さまざまな立場の人があらゆる視点からものを言う。
「そういう考え方もあるか・・・」と勉強になることも多い。

「美しさを競い合う競技だから、包帯をぐるぐる巻きにして、血痕の付いた衣装で演技するのは・・・・」という意見や「その選手の将来を考えた時に、脳しんとうなど危険な状態で出場させるというのは・・・」という意見にはなるほどなと思った。
普通の人なら諦めてしまうことを、トップアスリートはすさまじいまでの闘争心を出して乗り越えてしまう。
それ自体は感動的だ。
日本人は特にこのような話は大好きである。
自分たちのなしえないことをやってのける。
だからスポーツは見ていて楽しい。
ただ、その人の命に関わること、将来に関わる事態であれば、一般通念とは別の視点を持った人のアドバイスも必要でないだろうか。

本人が納得していればそれでいいのだが、コーチやサポートする人々は一般人と同じ感覚ではいけない。
さらなる高みを目指す人には「そういう考え方もあるか・・・」「なるほど・・」という示唆を与えられる人が近くにいたほうがいい。
さまざまな選択肢がある中、自分にとって最良と思える道に進む。
最後に決めるのは自分だ。

こんな感動のスポーツドラマをひとつとっても、いろんな考えがあって面白いものだ。