ちょっと「イラッ」としたこと

下諏訪向陽高校から連絡がきた。
会社のシャッターに絵を描いていただいたのは昨年の夏。
作品の出来栄えも素晴らしかったが、何といっても高校生の純粋に取り組む姿に感銘を受けた。
暑い日もあったからアイスもおいしかった。そんなことを思い出した。
話しを聞いてみると絵を修正したいという。
特にメンテナンスをしているわけでもないが、こちらから依頼した覚えは無い。
よくよく聞いてみると投書があったという。
「虹の絵にレンズが描かれているが、虹の模様が反転していない。レンズを扱う会社としていかがなものか・・・」というものだったらしい。

”カチン”ときた。

まずは言いたいことがあるのであれば、弊社に言えばいい。依頼したのは我々で、作品にも満足している。
あとは芸術作品に対して作者に「これはちがう」と言うのはおかしいのではないかということ。

芸術というのは作者の自己表現であって、それについて他者が批評するたぐいのものではないと思う。
見る側がそのまま感じるままに受けとめればいい。
嫌なら嫌でもいいし、好きなら好きでもいい。
(少なくともこのシャッターペイントは見る人に不快感を与えるものではないと思う。)
そもそも現実を詳細に描写するのであれば写真でいいのだ。
でも、絵心のある方にレンズや光に対して「イメージしたものを絵で表現してくれ」と頼んで、それを表現してもらった。
現実と違って当然。作者の想像の世界。だから、夢がある。
鑑賞する側は描いた人の心の中に思いを巡らし、その絵を楽しむ。
それでいいではないか。

絵を描いたのは高校生。
一番危惧しているのは、こういう批判的なことを言われて、彼らが現実の世界に引き戻されてしまうこと。
「こうやった方が受けるかも・・・」とか「こういう表現にすると、色々と指摘されるかな・・・」といった鑑賞側の視点が多く入り込んで、その人の独創性や大胆さが消えてしまうのではないか。
虹は7色に見える。でも、それは人間がそれぞれの色を勝手に定義したものだ。
芸術の世界に限らず、本来は色は無限のはず。
感じたままま表現すればいい。
だから、彼らにはいつまでも自分の想像力(創造力)は無限に広がっていると思って、自由に取り組んでほしい。

技術的な話しをしよう。
通常、我々が手にするレンズは結像するレンズが多い。
太陽の光をかざせば光が集中する点が存在する。
このようなレンズを使って遠くを見ようとすると像は反転する。
投書した方はそういうレンズについて知っていただけ。
我が社ではコンバージョンレンズというものを作っている。
デジカメやビデオカメラの先端に装着するレンズ。
3枚から4枚構成なのだが、これは結像しない。焦点が無いレンズだ。
このようなレンズは像が反転しない。
コンバージョンレンズの像
コンバージョンレンズの像は反転しない

虫眼鏡の像
虫眼鏡のようなレンズの像は反転する

絵を描いていただいている時、像の反転については気になってはいた。
でも、何も言わなかった。
コンバージョンレンズをかざせば虹の模様は反転しないから。
虫メガネであれば、指摘の通り模様は反転する。
だからといって絵に注釈や説明を入れたらつまらないではないか。
光学に知識のある人であれば、「これはこういうレンズなんだな」なんて勝手に思ってくれるだろう。

芸術の世界に生きている人は感性が鋭い。敏感である。
普通の人では感じないことも感じてしまう。
それを形にすると、普通の人には理解できないものができあがる。
その人の美的感性は批判されるものではないし、理解できようができまいが、そのまま受け入れるのがいい。
そういうところが新しい製品のヒントとなったり、常識を覆す新しい文化が始まるのではないか。

TPP(Tottemo Positive Person)的に今回の件を考えると、
「ご指摘ありがとう。このシャッターの絵はそこまで人の心に届くほどの影響力があったのだ。この人には像が反転しないレンズについて教えてあげなきゃ。でも、残念だな。大人になるとそういう視点でものを見てしまうのかー。少なくとも私たちは夢や空想の世界を大事にしよーっと。」とでもなるか。

今までに何度か書いているが、これからは個人のイマジネーションが重要な時代だと思う。
個々の違う発想、アイディアが新たな製品や文化を作っていく源になる。
いつまでも現実とは違う夢の世界を大事にしたいと思った。