一緒にチャレンジ

松本障害者雇用支援センター「チャレンジ・松本」という施設がある。
昨年、実習を経て一人を採用した。
指導員の方が来社され、懇談。
定年退職されるとのこと。非常に残念なことだ。
送り出した思い入れのある我が子のような存在。
お別れ。
二人の間にある微妙な空気。
何か切ない気持ち。
以前経験したことのある、自分の思い出も蘇る。

教職を10年ほど勤めていたこともあり、障害者雇用は自分のライフワークだと思っている。
学校を出てすぐに渡米。自閉症児の指導に携わった。その後、帰国し中学校で自閉症児の担任をした。
一生、教員をするつもりは無かったため、退職。
田舎志向が強く、長野へ。
自分にはいったい何ができるのか。
自分にしかできないことはあるのか。
自分は世の中のために何ができるのか。
そんなことを日々考えていた。
企業に勤める中で、一筋の光が見えた。

自閉症児に深くかかわってきた。彼らの特徴は”こだわり”があるところ。
時間であったり、数であったり、モノの位置であったり、・・・・人それぞれである。
会社に入って社員の動きを観察して気がついた。
「仕事の多くがルーティンワークではないか・・・・。」
複雑そうに見える作業も、分解すれば単純作業の組み合わせにすぎない。
「彼らが活躍できる場面がたくさんある!!しかも、その”こだわり”をうまく利用して健常者よりも質の高い仕事ができる可能性があるのではないか。」
そう思った。

製造業の生存競争は厳しい。
量産品やルーティンワークは人件費や税金の安い国へ。
社員の待遇を良くしようと思うと製品コストが上がる。仕事が取れない。
経営にとってバランス感覚は最重要課題。

障害者の一般就労はなかなか難しいのが現実。
企業と学校の考え方にギャップが大きいのが要因。
人一人を雇用するのは企業にとっては大きなこと。
給与に見合う仕事をしてもらわなくてはならない。
給与以外にかかる見えないコストも考慮にいれると安易には進められない。
社員は単なる人材ではなく”人財”。人次第で会社はどうにでもなってしまう。
教員は大学を出てすぐに先生になる。
企業に勤めてから教員になる人はほとんどいない。
所謂「世間知らず」が多い。
閉鎖的で外から叩かれることもないし、一国一城の主になる。
自分にとって教員時代の仕事は現在の仕事にも生かされている部分がたくさんある。
その当時はそれなりに世の中のことも知っているつもりだった。
ところが・・・・・、企業に勤め始めて自分が世間を知らなさすぎたことに驚愕したのを覚えている。
「辞めて良かった~。」
あのまま続けていたらとんでもないジジイになっていた。
学校現場の考えが一般社会の通念とかけ離れており、通用しないのだ。
学校という場はバリアで覆われており、教育という名のもとに聖域になっている。
その中にいる人は何の疑問もなく働いている。
鎖国のような状態と言ってもいいかもしれない。
そういう場で働いている人たちと話しをしても、全く通じない。
通じないというのは大げさだが、ずれているのだ。
2年前に養護学校から一人を採用。
その過程で障害を持った生徒の就労に向けて一緒に取り組みたいと考えていたが、その気は失せてしまった。
多くの先生は求めている情報を提供できない。生徒のことを知らないから。
彼らの将来を本気で心配しているとは思えない。
企業は提供する製品やサービスがお客様から選ばれなくてはならない。
選ばれるための努力を常にしなくてはならない。

私立は別として学校はどうか。
教員自体が守られた場所で生活している。世の中の厳しさに直面しない。直面してもすぐに安全な場所に逃げられる。
そこで教わった生徒がいきなり世の中に出ても何もできないのは当然のこと。
障害を持った生徒であればなおさらのこと。
「別に一般就労しなくたっていいんじゃない?企業のレベルに合わせると大変だ。作業所でいいじゃん。」
そういう雰囲気を感じた。
これは自分自身が教職にいた経験があるからはっきり言えるのだ。
学習指導要領というものがある。それに沿って生徒の教育にあたる。
この”現実に即していない指導要領”を遂行すること自体が目的になっていないか。
子供たちが自立し、世の中に貢献できる人材になるように導き、そして育てること。
これが本来の目的ではないだろうか。

先生たちの意識を変えるのは困難。時間の無駄だと判断した。
そんな時、チャレンジ松本の方々と出会った。
指導員の方々の多くは企業で働いていた方だ。
企業の考え方を十分理解したうえで、日常の指導をしているし、我々との考え方のギャップが少ない。
歩み寄ってくれるし、こちらも歩み寄れる。
学校を卒業してもすぐに就労できない人がいる。
そういう人たちを指導・支援し、2年間と限られた時間の中で企業就労を目指している。

長野県の人は保守的な考え方が多く、新しいことに挑戦しない傾向が強い。
私のような人間は嫌がられるし、煙たがられる。よそから来た変な奴として扱われる。
そういう人たちは私を排除したいのだろうが、当の本人は変人でいることに喜びを感じているので・・・・。
ご生憎様です。
そんなことはどうでもいい。話を戻そう。
日本で製造業として生きていく。
厳しいのは分かっている。
ロボットもいいが、”非常に特徴のある人財”を生かして対抗する。
これは他社より優位性があり、企業において自分にしかできない数少ない取り組み。
「チャレンジ・松本」。名前がいいではないか。
無論、全員を雇用することはできない。
でも、共に輪を広げていきたい。
雇用を生み出す事業を展開し、循環型の社会の形成を目指す。
多くの人がハッピーになれる方法を模索する。
一緒にチャレンジしていきたい。