今日も朝が来た

経営者と社員の対立構造的な溝について考えていた。
埋まらぬ溝は必ず存在し、どうにもならない。

ただひとつ。
考え方ややり方は違うにしろ、目的地が同じ人たちと遊びたい。
ん、目的地が同じであれば、自然と人が集まり遊びが始まる。

仕事は遊びではないと怒られる。
でも、遊びがあるから楽しい。
楽しいから夢中になれる。

「生活のため」だけに働けば、そこにはノルマが生まれ、「やらなければならないこと」になっていく。
やりたくないことはやらないですむように仕向ける。
できなり理由を先に考え、仕事を振られないようにする。
自分の仕事の範囲は、ここからここまでと勝手に決める。

多くが後ろ向きの発想で、楽しむなんて概念が希薄だ。
それを何とかしようとする。
うまくいかない。
いや、うまくいくはずがない。
行きたい方向が違うのだから。
昔、教職についていたことで「なんとかしよう」と考えすぎてしまう。
「いつかみんな・・・」
期待してしまうのだ。

期待しない。
望まない。

今日も朝が来た。
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