何をもってブラックなのか

ワタミは上場以来初の赤字になったそうだ。
会長の渡辺氏は小説「青年社長」のモデルにもなった方。
著書を何冊か拝読したが、熱いハートの経営者である。
外食産業で身を立てると決めてから佐川急便で働いて300万円を元手に起業した話しは有名である。

「ブラック企業」の風評被害が大きく影響したとのこと。
何をもってブラックなのかホワイトなのかよくわからない。
自分は虹色がいい。
起業して社長になれば1年365日1日24時間仕事をすることになるだろう。
休むことなどない。
休んでいたって会社のことは一時も忘れることは無い。
寝てたって夢に出てくる。
でも、それは苦ではないと思う。
自分でそれを選択したのだから。

渡辺会長に憧れて入社した人は、少なくとも若かりし頃の渡辺会長のやってきたことを体験したいと思うだろう。
「渡辺会長のようになりたい」と思っている人が多いはず。
傍から見たら「ブラックだ」ということも、本人からしたら「ホワイトだ」と言うだろう。
本人の自己納得感があるのかどうか。
それが分かれ目なのだ。
組織が大きくなれば、立ち上げ当時の苦労など知らない人が増える。
そんな苦労を知らない人、したくない人は「ブラック」と叫び出す。
今その組織が存在するのが苦労をしてきた人の上に成り立っているのに。

社員は大切である。
目的を共有できる同志である。
そう思って社長が社員に期待すると、ブラックと言われる。
ブラックでもなんでもいいけど、カフェオレのほうが好きだ。
同志だと思っていた人たちは同志ではなかったりする。
これはいかんと思って期待しないでいると、組織が衰退していく。

答えのない時代に突入していくと、大会社だって簡単にコケル。
だから、個としてどうあるべきか問われているのだ。

世の中にないものを作ってみたい。
「これって本物だよね」というものを作りたい。
困っている人がいたら力になりたい。
これを生業とし、こんなことを考えている仲間となら頑張れる。