型通りにいかないことの方が多いから

日本人の多くは型にはまりやすい。
指導する側に回ると、型にはめたがる。
お互いに楽なのだ。
みんなそのような教育環境で育っているから、「阿吽の呼吸」というのもこんなところから発生している部分が多いような気がする。
どこに行ってもマニュアルが先行していて、個人の判断は優先されない。
みんなそれに慣れてしまっている。

アメリカンフットボールは選手一人ひとりの役割分担が明確で、型にはめやすい面白いスポーツだ。
日本人好みかもしれない。
練習もパターン化しやすい。

本場の大学やプロになると、これがまた練習が面白い。
コーチがある練習の最中でも急に笛を吹いて、全く違う練習に移行させる。
予期しないようなタイミングで笛が吹かれ、すぐに対応しなければならない。
パターン化したものはそのプレーに対しては一定の体力向上の役には立つが、実戦ではその通りにいくわけではない。
そういう意識があるのだ。
練習にも緊張感が生まれるし、いつ何時不測の事態が発生しても、すぐに行動に移す訓練になる。
練習自体が飽きないし、面白いし、短時間でも疲れる。

一方、日本はどうか。
パターン化した練習をひたすら反復し、一糸乱れぬすばらしい練習になっていく。
時間も長い。
やっている本人も、やった気になる。
それさえやっていれば練習の精度も上がっていくし、満足感を得られる。
でも・・・、練習がすばらしくてどうする!
練習に満足してどうする!
上がっているのは練習の完成度だ。
そのパターンにはまっている時だけすばらしいパフォーマンスを発揮している。
実戦で相手が強ければ、思い通りにいかないことの方が多い。
パターンが崩れた時の判断が重要なのです。
ここが我々の弱いところなのだ。

会社で例えれば、人事異動するのがいい。
レイアウトも定期的に変えるのがいい。
変化という刺激が必要だ。
いつも準備しておくのです。
少し遠くを見ておくのだ。
何か起きたら、「おお、そうきたか。」と慌てずに行動していこう。