教えることは学ぶこと

障害者が就労していることもあり、自治体やグループホーム、親との打合せがあった。
特段大きな問題もなく過ごせてはいるが、新たな課題も見えてきた。
その課題とは。
安定しているということ。順調であると思うこと。
本来は、より難易度の高い業務に挑戦させてなくてはいけないし、今まで取り組んだ作業もスピードと正確性が向上していなくてはいけない。
私の手を離れたことによって何か変わったのか。
本人が戦力になることはもとより、関わる社員の指導レベルを向上させることにつながったか。

言語理解力に難のある障害者への指導は、さまざまなことを考えていないとうまくいかない。
理解できるであろう言葉を選んで使う。
本当に理解できているかどうか、実際にやらせたり見守らなくてはならない。
わかっているかどうか確認しても
「はい」
と言ってしまう。
だからといってどこまで理解しているのか。
ほとんど理解できていないと考えないといけない。
表情は?目の動きは?仕草は?声の大きさや返答のタイミングは?
微妙な変化を察知して、対応する必要がある。
模倣させるにしてもいろいろと試さないといけない。
二人羽織りのようにして教えるのか。
見本を見せてやらせるのか。
相対して鏡のように見せながらやるのか。

何度も試行錯誤して教わる側の理解を確認しながら教える。
こういった一連の指導方法や段階指導を社員が身につけてほしい。
教えることは学ぶことにつながる。
健常者に教えるよりも時間がかかる。
だから、いいのだ。

自閉症の方はパターンにはまると強い。
健常者では不可能と思われるような力を発揮する。
それを知らない人が多いのが残念だ。
そこまで行くには時間も労力もかかるが、トータルで考えたらみんながハッピーになれる。
そう信じている。