日亜化学側の意見で思うこと

青色発光ダイオードの訴訟について、日亜化学が意見を述べている。
日亜化学工業の意見

いったい何が事実なのか。
人間というのは自分の都合のいいように解釈するし、それを記憶にしていく。
過去の事実確認というのは難しい。
相手を嫌だと思えば、その人に関わるすべてがマイナスイメージに変化することもある。
人間というものは面白い生き物だ。
裁判というのはお互いの解釈の違いを第三者が裁定するのだから、双方納得するというのは不可能ではないか。

先日、取材を受けた際にこんな質問を受けた。
「社員にどんなふうに思われる社長でいたいですか?」
「??」

「そんなことどうでもいいです。」

”こう思われたい・・・”
”いい社長でいたい・・・”
そう思った時点で、自分を見失っている。
他者評価に依存した考え方ではないの?
俺基準でいいじゃない。
俺流でいいじゃない。
日本の社会ではなかなか受け入れてもらえないけど、まずは”自分がどうしたいか””どうありたいか”。
それがスタートではないの?

何かをしたい。
何かを作りたい。
独りでやるなら個人事業主。
社員を雇ったら会社。
社員にどう思われるかなんてどうでもいいことです。
目指すところはそこではないはず。

社員は同志。
社長はそう思っている。(ふつうは)
そんな同志から訴えられたら、辛いぜ。