普通

集団的自由権行使に関する解釈の変更がなされたが、巷では話題にもならない。
日本は本当に平和な国だ。

安倍首相は「日本を取り戻す」とか「美しい国」とか「普通の国に」などと言う。
自虐的歴史観から脱却して日本のアイデンティティーを確立しようということなのだろうが、何をもって「美しい」のか、「普通」なのか。
「美しい」というのも「普通」というのも個人の価値観によってさまざま。
人の感情であって曖昧なものではないのか。
「これが美しいのです」「これが普通なんです」と国から押し付けられたくない。

「普通」というのは周りの国がやっていることと同じことをすること?
みんながやっているからやっていいということ?

太平洋戦争にしても原発事故にしても、被ばくを経験した唯一の国。
みんながやっているからという視点でいいのか。
命よりも経済発展を優先していいのか。

「みんなはそう思うかもしれない。でも、我々が経験し、反省すべき点としてこれが本来あるべき姿ではないかと考える。」と世界の「普通」の人々に一考を促すのが「普通」ではないかと思っている。