朝日新聞の誤報問題

朝日新聞の誤報問題がさまざまな場所で取り上げられている。
時代は大きな転換期である。
ネットが発達し、リアルタイムの情報が一般の人々からも発信されるようになった。
以前は言葉だけだったものが、写真や動画でも発信されている。
新聞やニュース番組のあり方が変わる。
変わらざるを得ない。
記者がわざわざ取材する必要性が薄れており、記者やカメラマン達にしても現場まで足を運ぶモチベーションが上がらないだろう。
だって、事故や事件が起きれば、その場に居合わせた一般人がスマホで撮影してネットに流すのだから。
情報が氾濫しており、記者はコピペして取材したように装うことが簡単にできる。

事実を伝える。
真実を突き止める。
こうした本来の役目が果たせず、迷走することになる。

このような世の中になると情報を受け取る側がどれだけ賢く判断し、見極めるかが重要になる。
だから、個の時代なのだ。
錯綜する情報に惑わされることなく、自分で判断する。
人のせいにしたところで過去は取り戻すことができない。
誤報だ何だといって、「謝れ!」と怒っても解決していかない。

読者が賢くなりましょう。
事実と意見を見極めましょう。
「これは事実ではないかもしれない・・・」といつも感覚を研ぎ澄ましましょう。
そうすると、事実に対して自分の意見も持てるようになっていく。
余計な情報は受け取らないという選択肢も持ちましょう。
ただ、無関心というのはいけませんけどね。

「みんな一緒」的考えが多い日本人には一番難しい情勢である。