童心にもどれる?

yukigeyuri
ユキゲユリ(雪解百合)をみつけた。
植えたのはいつのことだったか。
雪の重みに耐え、コバルトブルーの花弁を精一杯に広げる。
動植物の健気さに、つい感動を覚える毎日。

暖かくなり、グランドの練習も可能になったということで週末に岡工に行く。
自主練ということで各々が必要と思われるプレーを練習していた。
タックルダミーを倒す練習をしている子がいたので、一緒にやろうと言って交代でタックルをする。
その子はタックルダミーを倒すことが練習になっていた。
自分はいろんな状況を想定して毎回違うやり方で倒す練習をした。
ラグビーのタックルは状況によってさまざまな倒し方があるからだ。
いつか気がつくだろうと思っていたが、その子はいつまでも同じことを繰り返していた。

練習のための練習。

これが強くなれない理由。
楽しくならない理由。
そう思った。

何のための練習なのか。
どうやったら、実戦でできなかったことができるようになるのか。
気づきとは何か。
学びとは何か。
「やらなければならない」から「やろう」と思うには何が必要なのか。
強制から自主への転換には何が必要なのか。

我々には「遊び」という概念が欠如していないか。
遊びは楽しいからやる。
楽しいから夢中になる。
更に楽しくするために工夫する。
新しいルールを作ったりする。
外圧によって動かされるものとは違う。

「なぜやるの?」
自分への問いかけが常に必要だ。
「理由なんてないよ。だって楽しいからやるんだもん。」
童心にもどろう。