Apr. 17

今日は掃除について怒ってしまいました。
たかが掃除、されど掃除。
わたくしは掃除を非常に大事にしております。
断っておきますが、我が家がいつもとてもきれいで片付いているわけではありません。
きれいとはお世辞にも言い難い。
どちらかというと散らかっている部類に入る。
ただ、仕事となると話は別です。
誰よりもちゃんとやる意志があります。
自分ひとりで仕事が成り立つわけではありません。
さまざまな価値観を持った人がそれぞれ大事な工程に携わって完結する。
会社の方針に対する理解が欠かせません。
仕事に臨む姿勢が問われるわけです。
言われたことしかできない、言われたことさえもろくにできないっていうのは、もう論外。
なにごとも丁寧に、しかも迅速にできたら最高。
でも、そこまで望んでいるわけではありません。
要は努力できるかどうかなんだと思うんです。
努力って言うのは物事に対する姿勢だと思うんです。

我が社のようにレンズを作るとなったら、作る場所がきれいでなければならない。
レンズは眼ですから。
きれいにするためには掃除がきちんとできなくてはならない。
そんなこと当たり前だのクラッカーです。

職場を自らきれいにするというのは仕事をするベースになるものだと思うのです。
その人の仕事に対する姿勢や愛情が垣間見れる瞬間です。
なので、掃除をないがしろにしてほしくない。
「今日も一日頑張ろう・・・」って仕事場を整理しながら気持ちも整理する。
そういうことなんですよ。

職場を整理できない人は仕事も整理できない。
じゃ、仕事を整理するためにはどうしたらいいのだろう。
気持ちを整理するしかないよね。
気持ちを整理するためにはどうしたらいいのだろう。
その手段の一つとして掃除というものを会社は提供している。
もしかしたら、ものづくりにとっては無駄な時間かもしれない。
だけど、無駄と思えることにも大事なことは潜んでいるのではないか。
そう思えないだろうか。