Apr. 2

帰宅時にいつものようにNHKラジオを聴いておりましたところ、今年から小学校でも英語が必修になるということで、その話題でした。

今まで何度も記してきましたけど、英語 ”を” 学ぶという視点がずれていると思うんです。

英語 ”で” 学ぶということを推進したほうがいいんです。

なんで日本人は何年も勉強しているのに英語が使えないのか。

簡単です。

使う頻度が少ないんです。

使う必要性が生活の中でないんです。

英語を母国語としている人が、どのくらいあなたのそばにいるでしょうか。

英語の生活でも不自由しない私だって外国人の友達は近隣にはいません。

積極的に関わろうとしてもネット上でしか使うことはないじゃないですか。

上達するはずもないし、わざわざ英語を話さなくたって生活に困らない。

 

コミュニケーション能力を身に付けることを主眼においているようですが、いつどこでコミュニケーションをするのでしょう。

教科書どおりのことを覚えて、異口同音に同じことを言う日本人に対して外国人が「あなたたちはロボットか?」と首をかしげることでしょう。

教科を教えられる外国人を積極的に採用して授業を展開してもらったほうが、よっぽど上達するでしょうし、コミュニケーション能力がつくと思います。小学校の先生は英語を教えられないし、英語を使って教えられるとは到底思えません。

いい加減、文部科学省を解体してもらったほうがいいんです。

必要の無い省庁の一番ですから。

県や地域に教える内容についての裁量を与えたほうがいいです。

北海道などではロシア語を使えるほうがいいかもしれない。

九州では北京語がいいかもしれない。

島根や鳥取は韓国語がいいかもしれない。

ヨーロッパに行けばわかりますが、みんな小国ですので囲まれた国々の言語も話すのが普通。

だからといって自国のアイデンティティーは失わない。

 

柔軟に対応できるように権限を委譲ししたほうがいいと思います。

英語教育がどうのこうの批判しても的外れなので、文科省を無くすことが本丸ですね。