Aug. 6

連日の猛暑でアイスや飲料メーカーは大忙しではないでしょうか。
わたくしも意味もなくコンビニに寄っては、アイスや炭酸ジュースを買ってしまいます。

高校野球が始まったようですね。
ご存知の通り、日中のこんな猛暑の中での試合には否定的な見解をもっております。
土日にはNHKのラジオでも高校野球の伝説について一日中放送していました。
もうこれは宗教以外の何物でもないと思います。
興行的には最高のコンテンツですけど、異常なまでの執着心には閉口です。
ドームで開催したらどうか。
開催時期を改めた方がよくないか。
昼は避けた方がよくないか。
連戦連投はよくないのではないか。
多くの人が思っているし、メディアで提案する人もいる。
それなのに、すべて却下される。
「甲子園でなくては駄目なんです!」
金村氏が熱弁する。
「この時期でなくては駄目なんです!」
視聴者も過去の感動体験を忘れられない。
朝日新聞やNHKは更に演出・宣伝する。
そして、伝説を作り宗教化していく。
日本が戦争をやめられなかったのとたいして変わりない精神構造ではなかろうか。
言い方は悪いかもしれませんけどご理解いただきたいのですが、試合中に死者でも出ない限りは見直しがされないのでしょう。

わたくしだって同じような体験をしてきましたけど、「もっと、よいやり方があるのではないか」といつも現状に疑問を持つようにしておりました。
話しは少し違いますけど、代表監督とかは外国人がいいといつも思っています。
「日本人なんだから、代表監督も日本人であるべきだ。歴史や日本人の精神構造を理解している人がなった方がいい。」
このように反論する方がいます。
理解はします。
それも一つの考え方だと思います。
外国人が監督になる場合、その人の好みや構想はあるにせよ、その時点での実力者しか選ばれない。
学閥や出身地など考慮されることはなく、あくまで実力での評価。
ゼロベースでの選考。
関係者の先輩後輩といった力関係、しがらみも作用しない。
だからいいんです。

スポーツビジネスの先進国から主催運営を招聘したらどうなるだろう。
高校野球は表向きは「教育の一環」という建前を前面に出しているが、すべて大人の事情ではないですか。
いったい、どこが教育的なのでしょう。
教育という名のもとに聖域化していますよね。
お金や名誉が大きく絡んでいるではないですか。
大人中心のビジネスをカモフラージュしている。
ゼロベースで見直そうとしたら、もっと大会として発展させようとか、野球のすそ野を広げようとか、利益を参加高校に配分しようとか、いまとは違う提案がなされるはずです。
みんなあれだけ熱狂するし、興行としては最高じゃないですか。
開催時期をずらすだけでも、我々の日常が変化するかもしれない。
夏休みが秋休みになるかもしれない。
働き方改革とも連動するかもしれない。
それくらいのインパクトがあるように思うのです。

少子化、野球人口の減少、オリンピックでの不採用など、取り巻く環境は大きく変わっています。
今までと同じことを繰り返していても発展は見込めません。
「野球を通して世の中を変えていく」
こういうことがいま求められていると思うのです。

ラグビーもひところの人気は影をひそめ、野球以上に深刻な状態です。
しかしながら、来年はワールドカップが開催されます。
イギリス連邦のスポーツから世界のスポーツへ。
これがラグビーのテーマとなっています。
アジアでの開催は初めてで、すそ野の拡大を目指しているといっていいでしょう。
今年は日本に多くの世界的有名選手が入団しています。
日本大会で勝ち抜くために環境に慣れておこうというのがある。
また、前回大会で奇跡を起こしたことから「弱小国がなぜ勝てたのか」と選手自身がもっと上を目指せるヒントを日本に求めているのだと思われます。

スポーツひとつとっても内需だけで十分生きていける。
それが発展を妨げている。
やはり、世界を見つめ、そこに飛び出していくという大きなビジョンが必要なのだと思うのです。