Dec. 30

教え子の家族が諏訪に来てくれました。

教え子たちは単独での外出やコミュニケーションが難しいので、今でもこうやって思い出して関係を保ってくれるというのは本当にありがたいことだと思っています。

だいたい、自分のような人間は未来系思考が強く、過去に対しては「終わったこと」として頭の中で処理してしまうのです。

要は同窓会のようにみんなで懐かしむという作業を好まない。

同窓会には行ったことがない。

行きたいとも思わない。

自然と忘れていく、忘れ去られていく。

それでいいのだ。(バカボンパパ風に)

「これからどうやって生きていこうか」ということを考えるほうが好き。

ただ、人生の中である一定期間お互いに影響を及ぼしあった関係であれば、それが今どう変化したのかを知るのは楽しい。

過去があって現在がある。思い出に浸るのは面白くないけど、これからどうやって生きていくのか議論するのは建設的でいいと思う。

今回、本人の持っている才能を活かせる職場があったようなので「よかったな」と思ったし、雇用の機会を提供する立場になっていろいろ悩むこともあるのだが、障害者雇用については自分の人生のテーマとして改めて力不足を実感するのでありました。

 

最近よく思うのですけど。

家庭環境って大事です。

穏やかで前向きなご両親のお子さんは、大人になってからも落ち着いているものなんですよね。

細かくて神経質な親御さん。外に向かって攻撃的でクレームや文句のオンパレードのご家庭というのは、子供が落ち着かないというか、トラブルが絶えないというか。

そういう傾向があるんです。

ただし、それ自体は悪いことではないです。

みんな一人ひとり違うわけで、その世の中の多様性というのは認めなくてはいけないですからね。

生理的に受け付けない考え方の人とのかかわりは疲れるので、距離をおきたいものですけど。

でも、そういう人の存在も必要で、逆に仲良くできる仲間を大切に思えるという側面もありますから。

 

プライベートでの人間関係がかなり希薄なわたくしなので、こうやって積極的に関わってくださる方々の存在は貴重というか大切です。

ある意味冷たい対応をとるのでみんな離れていくじゃないですか。

それでも一歩踏み出してくださる。

うるうる。

独りぼっちになってもおかしくない人生。

独りごっつが独りぼっちに。

洒落にならないので少しは気をつけなくては。

無理かな?