Feb. 14

批判するくらいなら元記事を読もう

全くその通りでございます。
ネット中心の生活をしていると危険である。
ものすごい量の誹謗中傷が飛び交っている。
「これ、本当にあなたの意見なの?」
「身元をさらけ出して言えるの?」
そんな状態である。

ある事件や事象に対しては、情報ソースが自分の都合のいいところに限定されていく。
自分が好意を寄せいている人の意見や考え方に引き寄せられて行ってしまう。
結局、中身にはあまり興味がないということなのではないか。

情報を自ら遮断することも必要じゃないかと思う。
家にはテレビがないので、面白そうな映画があれば観に行ってみようかなと考える。
ひところは映画館がなくなるのではないかと騒がれた時期があった。
岡谷の映画館はいつもすいている。(ちょっと経営が心配だ。)

そこに行く。待つ。いろんな人を見かける。観察する。映画を観て考える。帰りながらいろいろと考える。

いつでもどこでもiPadがあれば観れてしまう。
欲しい情報がすぐに手元に入る。
人とかかわる煩わしさを回避できる。
わざわざその場所に行かなくてもいい。
何でもかんでも指先ポンで人生の選択。

便利になったのはいいのだけれど、便利になりすぎるのは自分の生活スピードには合わない気がする。
やっぱりアナログ的な部分を多く残して生きていきたい。
体と行動が資本の自分にとって怠惰な自分は許せない。(結構面倒な野郎だな・・)

頭の中だけで済んでいたり、ちょっと独り言をしていただけなのに、みんなスマホで発信しちゃうからおかしなことになるんじゃないかな。
見えない相手と本当につながっているのだろうか。

今日の文章もなんかまとまりがないな。
どうやら甘いものが足りないらしい。