identity

”identity” 「アイデンティティー」「自我同一性」

昨日、「独自性・・」と書いた。
独自性というよりは”identity”と言ったほうが良かったかもしれない。
自分が自分であること。
自分の国が自分の国であること。
存在意義と言い変えられる。
それは他者、他国を認識するから生まれるもの。
違いがあることを認めること。

自分は他者とは違い、自分の存在意義を主張する。
攻め込まれた経験のある国民や常に危険にさらされている人たちはこのような意識が強い。
ヨーロッパの国々がまさにそうだ。
イスラエルや台湾などは最近は顕著に存在感がある。
いつ自分たちの国が無くなってしまうかもしれないという緊張感。
それが世界で活躍する人材を生み出す原動力とも言えないか。

我々はどうだ?

以前、我社の社員だった人がこんなことを言っていた。
「派遣社員だったから、解雇されるかもしれないという危機感がいつもあった。だから、正社員よりもがんばった。仕事には自信があります。日岐の社員は意識が甘いですね・・・。」

相手を認めさせようと力むことは無い。
でも、自分の存在意義、存在価値くらいは主張してもいい。
声に出す必要だってない。
見ている人は見ているものだ。
見えてくるのだ。
だって、光るんだもん。

2年前からサングラスをかけています。
眼鏡ではありません。
視力は1.5なので。
視覚が過敏になってしまい、とても眩しいんです。
仕事のできる人は特に眩しい。

あなたが眩しすぎる!