Jan. 17

仕事や将来に悩む若者と話をすると、自分自身の若い頃を思い出したりします。
「最近の若者は・・・」という言葉が出てきてしまえば、それはもう年寄りの仲間入りでありまして、気をつけなくてはいけません。
ただ、昨今の特徴的な傾向というのはあるように思います。
与えられることが当たり前。
配慮されることが当たり前。
こういう教育を受けてくれば、社会に出てきたときのギャップが大きすぎて悩むのも致し方ない。
そう思うのであります。
与えられることを期待する。
そもそも受身姿勢なのです。
「自分で考えて」「自ら行動して」
そんなことを話しても「何をしてくれるんですか?」という思考になっている。
下手すると「こうしてくれたら、やります」となる。
実はわたくし自身もそういうときがあった。
一人前の仕事もできていないのに、要求ばかりしていた自分。
今となっては恥ずかしいかぎりです。

人生観。
仕事における美学。
そういうものは「もうだめかもしれない・・・」という壁を何度も乗り越えて初めて形成されるものだと思います。

いままで何度か転職をしました。
職場が嫌で辞めたことはありません。
そりゃ、嫌な思いだってたくさんしてきました。
嫌なことがあるから、嬉しいことも際立つ。
そういうもんです。
若い頃の仕事なんて自分の思い通りにならないことばかり。
でも、世の中ってそもそもそういうものじゃないですか。
それはどんな仕事についても、どんな組織に行っても同じことだと思います。

仕事というのは自分以外の誰かのためにすることです。
お客さんからの評価が全てです。
お客さんから評価が得られなければ、全く意味なしです。
自己評価など必要なしです。
お客さんが必要とするから、その対価が支払われる。
当たり前のことです。

ただ単に「おまんまのため」であれば、与えられた仕事をやればいい。
それで仕事としてはまわっていくし、生活もできる。
しかしながら、「みんながやっていることを同じようにやっている」では将来は明るくない。
どこに行ったとしても「可もなし、不可もなし」。
いずれロボットやAIに取って代わられることは間違いなし。
プラスアルファが必要ですよね。
そのプラスアルファというのは弛まぬ努力をし、自分なりに試行錯誤を重ねない限り生まれないものです。
みんなと同じことをしていても得られるものではありません。
与えられるものではないんですよ。

自分が思っているほど、周囲の評価は高くない。
そう思っていたほうがいいです。
「代えがきかない」
これがプロ。
「病気になるまでやれ」とはいいませんけど、自分の限界を知ることも大事。
お酒だってそうじゃないですか。
精神的な限界は一般人で肉体的限界の60%程度で出現するものです。
ぜんぜん限界じゃないのです。
高い価値を生み出してきた人は限界までやった経験が絶対にあるもの。
そこまでがんばってみてもいいんじゃないのかな。
人生に一度くらいは。
それを経験したら、きっと見える景色が変わっているはずだと思うな。