June 25

病院の待合室で久しぶりにテレビを観た。
新鮮である。

福岡市の市立小学校では敷地内全面禁煙だそうだ。
校門付近でで喫煙している教師達に対する風評で市議会で議論になっているという。

わたくし、タバコは吸いませんし、吸いたいとも思いません。
アスリートなので運動のパフォーマンスの妨げになるものは基本的にやりません。
少しでも効果があると聞けば何でも試しますけど。

マナーさえ守ってもらえれば、吸おうが吸うまいが構わない。
そう考えている。

いつも言うことだが、「教師だから・・・」「弁護士だから・・・」「医者だから・・・」
といって聖人ではない。
最近は性人が多いか。
べつに偉いわけではないし、素晴らしい人であることを期待するのはおかしい。
聖職だなんてまやかしである。
一般ピープルとなんら差はない、普通の人間である。
それなのにみんな「教師は教える立場だから、子供の模範となる行動を・・・」と言って「すばらしい人格でなくてはならない」と期待をする。
「喫煙は体に悪いからやめましょう」と指導するのに「教師が校内でタバコを吸っていてはおかしい」となる。

まずは聖職という旗を降ろすべきである。
「わたし、偉くもなんともありません」と宣言しよう。

喫煙について言えば、マナーやリスクについてきちんと教えればいいのであって、大人になったら自分たちに判断させればいいのだ。
それは学校だけでなく社会の責任だ。
タバコやお酒は嗜好品である。
年齢の制限はあるにしても、個人の判断にゆだねられる。
個人の感情や嗜好というのはアドバイスはできるが他人がコントロールできるものではない。
そういうものはマネージメントするという考えになるほうがいい。

そういえば、マサチューセッツ州では公共の建物から30m離れたところでないとタバコを吸えなかった。
だけど、それは「教師だから」とか「学校だから」という理由ではなく、公共施設では火気厳禁というものだった。喫煙に厳しいというお国柄も反映してのことであるが。
アメリカは気をつけないと訴訟問題になったり、罰金を払わされり大変である。
国によってはいろんな考え方があるものだ。

何でもかんでも法律や規制を作って統制しようとしてもうまくいかないと思っている。
こういったものは「あいつタバコ吸ってる。ダサッ。」とか「カッコワル・・」という世の中の風潮を創るほうが効果があると思う。
議会で議論しているなんてバカバカしい。
真矢みきさんが「マナーは守ってほしいわ・・・」なんて言ってた。
きれいすぎる。
あんな人に「○○はやめてね」なんて囁かれたら、瞬時に止める決断をしてしまいます。
何でも言うことを聞いてしまいます。

ひとつ言いたい。
女性でくわえタバコで運転してる人。
すごく嫌な気持ちになります。
がっくりきます。
やめてください。

人権問題になるかな?