June 9

奨学金を給付型にすべきだとする動きがある。

国が借金を返さないからこんな意見が出てくるのだ。
お金をばら撒く政治家と、裏で手を引くお役人。
寄付金や基金として運営するのはいいと思うのだが、税金を使って給付するというのは反対である。
借りたものはお返しするという考えはないのだろうか。
日本人のモラルはいったいどこへ行ってしまったのだろう。

大学のときに奨学金をいただいた。
教職に就いたため返済は免除。
ただ、10年で退職したため多少の返済義務が発生し、きちんとお返した。
育英会にはただならぬ感謝の気持ちがあるし、社会人としてのモラルは守ったつもりである。

近年、育英会への返済をバックレる方が続出しているそうでございます。
返済できないからという。
バックレるのは嫌な上司に誘われたときだけにしていただきたいのですが。
自分に言わせれば、そういう方々は「返済したくないだけ」ではないですか?

高等教育機関であるはずの大学は実は高等でもなんでもなく、「人生の中で高くつく期間」なのであります。
社会に出て役に立つことを勉強することも無く、遊んでばかりでろくなこともしていない。
だから、会社に入っても戦力にならない。
高校を出たばかりの子の方が素直でよっぽど力がつくのであります。
真剣に取り組むものが無いのであれば、大学などは行く必要の無い場所であります。

ただし、これは日本だけかもしれません。
少なくともアメリカはそうではなかった。
高校を卒業するまではろくに勉強もしないのに、大学に入った途端、急に勉強を始める。
仕事しながらでも夜学に通ったり、復学したり。
そのギャップに大いに驚いたのであります。

日本は高校までは義務教育課程とし、社会に出て、仕事をして、お金をためてから大学に行けばいいと思う。
もちろん、勉強をしたい人やエリートはそのまま大学に行けばいい。
さまざまな選択肢があり、どの選択をしたとしてもその人の生き方が尊重されるような雰囲気。
そういう世の中の雰囲気を作っていったほうがいいと思う。

終身雇用制度などはThe Endでありまして、人生のそれぞれのステージでいろんなことを挑戦したほうがいい。
高度な勉強をしたからその高い可能性に対して給与が高く設定されるのだが、今の大卒者にそのような可能性は高いどころか低いのが実情であります。

税金を扱う方々はそれが身銭でないから安易な使い方を進めてしまうのです。
話しがそれてしまったのでありますが、「ただより高いものはない」というのが世の常と思います。