May 28

春の運動会シーズン。

最近は親のマナーが大きな問題として取り上げられているようだ。
観覧スペースの場所取り、タバコの吸い殻やゴミの放置、競技の判定に対するクレーム等。
以前も書いたとおり、このような行事をやめてしまうという選択肢も考えた方がいい。

こんなことを書くと子供のころの友達は驚くだろう。
運動会や球技大会といえば、結構活躍させていただいた記憶がございます。
運動の得意な子の晴れ舞台をなくしてしまってもいいという意見なのですが。
楽しかったし、お弁当も家族で食べたりして、それなりにいい思い出。
ただ自分はその機会を学校でなくてもいいんじゃないのと言っているだけでございます。

だいたい、学校に行事が多すぎです。
岡谷は祭りが多すぎです。
四六時中祭りの準備をしている方々を拝見するたびに、「仕事より祭りの方が大事なんですか?」と問いたくなります。
もう少し落ち着いて生活した方がよくないですか?
行事はあってもいいけど、親は参加しなくてもいいのではないか。
どうしてもやりたいというのであれば、地域にそのよう場を設けてもらって自主参加性にした方がよくないですか?

行事は教育における目標設定をしやすい。
指導力のない、アイディアのない先生にとっては恰好の時間つぶし的授業を展開できます。
でも、行事やそこにいたる準備はあくまでもスパイスのようなものです。
いまはスパイス自体がメインディッシュになってしまって、本来のスパイスの良さがないんですよね。

教育の分野で改革が進まないのは前例を踏襲しているのが楽なだけだからです。
今までやってきたことをやめてしまったら、何をしたらいいかアイディアがないんです。
一度やめてみればいいんです。
「無いと寂しい」となるかもしれないし、「無きゃ無いでいいんじゃない?」となるかもしれない。
本来やるべきものが見えてきたりもする。
親だって落ち着いて考える機会を持てば変わると思うけどね。