May 29

超党派の議員連盟がフリースクールなどにも小中学校と同様の義務教育の場として認める法案を提出するそうだ。

改革できない教育分野においては法案が出されるだけでも画期的かもしれない。
自分なんか、そんなのとっくに当たり前になっているのが普通だと思っていて、もっと違うことを考えていた。
「学校」というもの自体を定義しなおしたほうがよいのではないか。
ネットが発達したおかげで、いつでもどこでも勉強できるようになった。
別に学校に行かなくても、先生に教わらなくても学べる手段が多様にある。
答えを覚えるような今の教育は学校に行く必要性が薄れていくはずだ。
年齢にこだわる必要もないし、個々人の発達年齢に応じて勉強したっていい。
縛る意味を見出せない。
6歳だから小学校1年生でなければならないとう概念が見直されてもよさそうな気がする。
学校は社会性を身に付ける場となって、教科書どおりの勉強を押し付ける場でないほうがいい。
当然、教員のあるべき姿は全く異なってくる。

学校に行きたくなければ行かなくたっていいのではないか。

将来、世の中に出たときには理不尽なことばかりに遭遇するのだから、ある程度の強制の場も必要だけど、週に2回くらい学校に行けばいいとか、そうなってもよさそうな気がする。
学校という場を選択せず、地域社会で子供を受け入れる場を作ったり、もっと多くの選択肢が提供されて自由な教育機会を得られる世の中になってもよいのではないか。
学年や年齢なども関係ない。
さまざまな年齢層の人と、いろんな場所で交わる。
そんな時代が来てもいい。
「不登校」なんて言葉が死語になる日も近いように思う。

やはり、「個」が重要な世の中になってくる。