Oct. 24

モンキー高校と侮蔑される教育困難校の実態

教育の問題が取り上げられていると、どうしても一言言いたくなってしまって・・・。
偏差値教育が今のような弊害の多くを生み出していると思っております。
学力によって輪切りにされ、偏差値が人生を決定づけてしまうような風潮。
まったくもって賛同できませんな。

たとえ学力が伴わなくても、学校に来るというところを見逃してはいけません。
学校に来ない子を教えることは不可能です。
少なくとも学校に来る。
これは教員としてチャンスを与えられているのです。

学力のそれなりにある子を教えるというのは難しいことではありません。(経験から申し上げて)
だって、興味のわきそうなものをどんどん与えれば、放っておいても自ら取り組んでいきますので。
難解な問題を解くことを教えられる教員が優秀だと思っていませんか?
それはそれで凄いことなんでしょうけど・・・。
でも、やる気のない子をやる気にさせることの方が難易度が高く、それができる教員の方がよっぽど優秀だと思います。
進学校で偉そうなことをのたまっている先生には、「別にあなたでなくても・・・」と言ってあげてください。
本人にとって興味のないことを興味がわくようにさまざまな角度から手助けするのが教員の仕事です。
そこに一番労力を費やしますし、そうすべきだと思っています。

高校は義務ではないので行かなくてもいい。
それなのに来る。
これは「かかわりたい・・・」「かかわってほしい・・・」の意思表示でありまして・・・。
教員がどのようにかかわっていくかという問題でございます。
「数学はさっぱりわからないけど、あの先生の授業はおもろい」でもいいんです。
「教科も授業も意味不明だけど、あの先生は俺たちを見はなしたりしない気がする」でもいいんです。

教え育てることのできる本当のプロをこのような学校に配置してください。
指導力のない先生を関わらせるから余計に問題が大きくなるのです。
体罰は当然のことながらよろしくありません。
そういう手段しか持たない、工夫のない先生の典型です。
偉いとされている各学校の校長や教頭はこういう学校に配属して教育に携わってくれませんか?
校長なんて職、なくなっても誰も困りません。
権限ないし、マネジメントする必要もないんですから。
民間の社長のようにカラーも出せない状況では、校風も作れないでしょ?
それなら、その職は必要ないのです。
頭を抱えるのではなく、教育委員会も改革してくだされば少しは状況が変わると思います。

「こういう学校」という言い方をしてすみません。
学歴なんて関係ありません。
たいした問題じゃないじゃないですか。
その人の人格と学歴とに因果関係はあるんですか?

今日は諏訪湖マラソンも終わって、個人的なイベントがひと段落したので熱くなってしまいました。