Oct. 9

昨日は諏訪湖を一周走りました。
小春日和で多くの人が走っておりました。
一周16kmを一時間半くらいで走ります。
途中で疲れてくると「歩いちゃいなよ・・」という小悪魔の声が聞こえてきます。
「歩いちゃおうかな・・・」
自分と向き合う時間なのです。
弱い自分との。
集団スポーツをやっているときは仲間がいるので頑張りがきく。
ところが・・・、何の目的も理由もなくトレーニングするというのはつらい部分が多い。
素の自分と向き合わなくてはならない。
こころの弱さを受け入れなくてはならない。
自分で自分を励ますというのは結構エネルギーが要るんです。
やり終えたときには誰かに褒められるわけでもなく・・・。
誰かに褒められれば、それは嬉しい。
それが女性であればもっと嬉しい。
それがモチベーションになることもある。
でも、褒められないとやらないというサイクルが生まれる場合もある。
だから、わたしの場合は誰かに依存することなく自分で自分を褒める習慣を作ることにいたしました。
30年前に。
トレーニングが一番いいと思うのです。
トレーニングしたところで誰も喜ばない。
誰のためにもならない。
「暑苦しい!!」と迷惑がられることさえある。

自分との対話。
こういう習慣がつくと、仕事でもプライベートでも辛いときには乗り越えられる。ような気がします。

過労死や働きすぎによる自殺がニュースで取り上げられておりました。

これは会社にとっても自分本人にとっても切実な問題である。
国が働き方改革と称していろんな提言を行っているし、同一労働同一賃金といった考え方も出てきている。

「仕事」とはいったい何なのか?なぜ働くのか?

これが少々置き去りにされていないだろうか、と思うことが多い。
会社や上司が無理やり仕事を押し付けているのだろうか。このご時世に。
人が動けば何かしらの問題が生じる。
だって、一人ひとり感じ方が違うんですもん。
「パワハラ」「セクハラ」「ブラック企業」
経営側からしたら、「人を雇うのをやめよう」と思うような面倒なことばかりが取り上げられる。
ロボットや機械は文句も言いませんし、電気を与えさえすれば24時間働くし。

「そのお仕事は、そういうもの」
これって結構大事な要素ではないかと思うのです。
例えば
総合商社っていうのは「おい君、来週にアフリカに飛んでこの2億円のプラントの案件を決めてきてくれ」
なんてことが当たり前にあると思うんです。
それを「嫌です」なんて言ってたら仕事が成り立たないじゃないですか。
それこそ、その日から資料をまとめて、競合についても調べて、交渉履歴からストーリーを描いて交渉に臨むわけです。
交渉までの間、寝てる時間なんてないのは当たり前じゃないですか。
そういう仕事なんで。
そのかわり、案件がまとまればその分休暇をもらったり、高い報酬を得るわけです。
働く人はそれが仕事であることをわかってやっている。
前提として「そういうもの」があるんです。

わが社でいえば「これ1時間に10個組み立てて」という指示が出る。
9個ではダメなんです。10個なんです。
「1.1時間なら10個できるんです。」でもダメ。
しかも、品質を担保しなくてはいけない。
そういう細かい時間の制約の中で物事を成立させる仕事。

わが社の製造に従事している社員が総合商社の仕事を与えたら秒殺されてしまうでしょう。
逆もまたしかりで、総合商社の営業マンに弊社の仕事を与えたら、半日で「もう勘弁して下さい・・・」と泣きが入るに決まっている。

「仕事している側も重々承知の上でやっている」ということです。

マスコミもおかしい。
記事を書いている記者は公務員みたいな働き方をしているだろうか。
それこそブラックもブラック。
GT-7Ⅱよりも真っ黒なはず。
だってそうでしょう?
決まった時間に始まって終わる仕事じゃないじゃないですか。
ブラックなお仕事の総本山と言ってもおかしくない。
そういう人たちが企業を批判する。
なんか変だと思うのです。

会社は人を選ぶし、人も会社を選ぶ。
相互選択で成り立っているわけです。

仕事にしても会社にしても、それぞれカラーがあるわけで、「良し悪し」という定規で測ることはできない。
良し悪しを論じる人がいれば、それは思考が浅すぎるってもんです。

亡くなられた方にはおいては本当に残念なことでした。
勤めたくても普通なら採用してもらえないような立派な会社。
縛っていたものは何なのか。
企業を責めたところで本当に解決するだろうか。
みんな考えなくてはいけない。

注)GT-7Ⅱ:レンズのコバ面に乱反射を防止するための黒い塗料
エクスペクトラの社長の腹より黒いと業界では評判